23 さらば愛しき電波監視官
いつの間にか豪雨はおさまり、灰色の雲から太陽が顔を覗かせていた。
一仕事終えた本城さんは白いコートの袖口を口元に寄せて、再び極秘機関に連絡。
「目標のジャマーを殲滅しました。早急に現状の復旧をお願いします」
通信を盗み聞きしながら、この数時間で破壊された物を思い起こす。
廊下や教室の蛍光灯が割れたり窓ガラスをぶち破ったり、あの惨状を直せるのか?
チャイムが鳴りクラスが小休止に入ると、校内は驚きの声と短い悲鳴が、こだまするようになる。
白いコートを着た美女は表情を強張らせて呟いた。
「騒がしくなってきたわね」
「見られるとマズいですか?」
「まぁね。万城目君、ごめん! 理科室の中、片付けといて」
「…………は?」
室内に取り付けた味気ないクリスマスの飾りを改めて見回す。
壁や柱に設置した手鏡、金属のトレーやボウルは部分的に焼け焦げ、激しい戦闘の痕跡をかろうじて残していた。
マジかよ……これを僕、一人でやれと?
本城さんは散らばった秘密道具を、コートのポケットへしまいなから語る。
「さぁ、迷える少年。君の助けを求める声が聞こえたら、どこからともなく助けに来るから、その時にまた会いましょ!」
電波監視官の美女はウィンクして窓の外へ颯爽と駆け寄る。
まだまだ謎多き美女は窓を開けて、晴れた空へダイブするように飛び越える。
僕は、あることに気がつき、血相を変え彼女を呼び止めた。
「本城さん! ここ四階!?」
遅かった。
「きゃあああぁぁぁぁ――――!!?」
絶叫の最中、彼女は真下へと消えて行った。
叫び声を追うようにし、窓へ駆け寄り身を乗り出す。
「ほんじょぉーさーーん!!?」
慌てて窓から首を出して、本城さんの軌跡を追いかける。
脳裏に純白のコートが鮮血に染まる女性の姿が過った。
が、校舎下の地面に彼女の姿は跡形も無かった。
「き、消えた?」
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理科室での激しい戦闘の後、散らかした道具を箱に積めて備品室に隠すようにしまい、そこから受けるはずだった音楽の授業をスッポかしたことを、担任に怒られた。
電波監視官の美女と凶暴な電波怪獣と死闘を繰り広げていた、なんて話せる訳もなく、腹痛でトイレにこもっていたなどと、適当な言い訳を並べた。
正体を他人に話せない、スーパーヒーローの気持ちが痛いほど解る。
破壊された校内については、警察まで駆けつける事態になったが、結論から言うと、豪雨の時間帯に巨木の枝が風で折れて、窓ガラスを突き破り、飛び散った破片が蛍光灯を割ってしまったというもので、教室の惨事も窓を開けっ放しにしていたから、強風で机が吹き飛ばされ風で蛍光灯が割れたとされた。
これが極秘機関ジーメンスが裏から手を回して仕組んだことなのかと思うと、改めてとんでもない組織に関わってしまったと、血の気が引く。
まぁ、それで万事解決といかないのが人間で、その日の下校時間になると生徒達は「この学校は霊界とつながっている」「警察には宇宙人を取り締まる秘密部隊がいる」「密かに異能力者同士のトーナメントが行われている」とか、とんでも話が電波のように飛び交った。
おまけに教師までが、そんな噂を真に受ける始末。
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「昨日は疲れた……」
翌日になり平穏な日常を取り戻した僕は、当たり前を装いながら学校へ登校した。
割れたメガネの代わりに予備の物を使ってるが、あまり度が強くないので外の風景が少々、歪む。
通学途中の生徒達を横目で見て、何事も無いように平穏無事を謳歌している彼らを「いい気なものだ」と、少し疎ましく思う。
平穏、のはずだった。
全て終わったはずなのに背筋に悪寒が走る。
こ、この感覚――――まさか!?
「おカンチョ―」
「おカンチョーブロック!!」
「な、なにぃいー!?」
僕は肛門の筋肉に全身全霊を注ぎ、バーナーで溶接した鉄のようにキツく閉じると、親友の戸川が繰り出す、おカンチョーを防いだ。
脳裏に金属同士の弾かれる音が響いた――――気がする。
「戸川。もう昨日までの僕だと思うなよ?」
「こ、こいつ……進化してやがる!?」
僕の肛門に侵入できずケツの壁に阻まれた戸川の指先は、変な方向へ突き指しているように見えたが、思い過しだと自分に言い聞かせた。




