22 天鵞絨(ビロード)の猛炎
ゼロメートル――――――――寸前で大きく口を開き牙を向くジャマーは、時間を止められたようにピタリと動かなくなった。
見えない糸に絡まったのか、空間に張り付けられてようだ。
いや、よく見れば本城さんの周辺を球状に触手が囲んでいる。
彼女の周りには得たいの知れないフィールドが発生していた。
謎多き美女が首を降るとジャマーは五メートル以上、吹き飛ばされる。
スイッチを入れた蛍光灯が明滅した後に消え、室内は暗闇と静寂に包まれる。
僕の目線の高さにある彼女の拳には小さな稲妻が弾け、漏電したような火の粉と音を鳴らしていた。
小さな稲妻は拳から腕へ駆け上がり、肘から肩にまで登ると、本城さんの全身を駆け巡り、稲妻はガソリンに引火したように緑色の炎を吹いた。
どう見ても服、髪、全身が燃えているのに、本城さんは熱を感じないのか、平然と立ち尽くしている。
彼女を包む緑色の炎も不気味で、ホウ酸や銅に塩素を混ぜて燃やす、緑の炎色反応とは違い、鬼火のような暗がりにたたずむ炎に近い。
メラメラと揺らめく緑色の発光現象はプラズマに似ている。
僕の知識で当てはまる色は、天鵞絨。
今、目の前にで立ち上がる電波監視官の美女は、天鵞絨の炎で燃焼している。
火が綿の表面を這うように、緑の炎は床へ伝って広がり、プラズマの絨緞を敷いた。
その勢いは止めどなく進んでいき、実験台や椅子、壁にカーテンと黒板まで燃やし、天井へ勢力を拡大、緑色の炎を滴のように垂らす。
理科室はあっという間に翡翠の輝きで炎上した。
当の本城さんは炎陽のような熱さを醸し出し、背後にいる僕まで焼けてしまいそうだ。
でも、緑色の炎は僕の足元から前へ侵食しようとしない。
それどころか、炎は僕の周辺を避けて壁へ燃え広がっていた。
まるで本城さんの意思に操られているような、そんな振る舞い方だ。
昔、観たことがあるホラー映画の『ファイアスターター』のワンシーンに迷い込んでしまったとしか思えない状況だ。
情けないことに、恐怖で僕は腰が抜けて立ち上がれなくなってしまった。
今の彼女に可憐な印象は無く、もはやジャマーの脅威を越えている。
本城さんが開いた手を前方へ向けると、理科室を埋めるプラズマの火炎は、風のように渦を巻いて彼女の腕に巻き付き、そのまま猛炎となってジャマーへ放たれる。
鬼火のような天鵞絨の炎に呑まれる電波怪獣は、苦しみ悶えながら発火。
燃え尽き灰を散らす紙と同じく、翡翠色の火の粉を吹いて消滅した――――。
ジャマーが駆逐されると天鵞絨の猛炎は瞬時に収まり、消灯したはずの蛍光灯が点灯した。
理科室はどこも燃えておらず床、壁、柱、天井、全てがキレイなままだ。
不可思議な現象に唖然としていると、炎上など無かったように、本城さんは笑みを浮かべて話かけてきた。
「驚いたでしょ? 蛍光灯の光と電波を吸収してマイクロ波に変換する。それが私の隠し技よ」
「マイクロ波? あ、あんなに燃えてたのに?」
「私が放出した生体電磁波が貴方の脳に錯覚を起こさせて、炎の幻覚を見せただけなのよ」
「でも、近づくと本物の火みたいに熱かった」
「強いマイクロ波は細胞を振動させて熱を起こすわ。だ・か・ら」
本城さんは指で拳銃の形を作り、人差し指の銃口を僕に向けて言った。
「触れば火傷するわよ? バーン!」
そう言いながら白いコートの美女は指銃を撃ってウィンクしてみせた。
もはやセクハラなどの次元ではなそうだ。
僕が無闇に本城さんのエクステを引っ掴んだ時、彼女は鬼の形相で『次、触ったら電磁波で焼き殺すわよ』と、脅してきたが、あの言葉は冗談や比喩ではなく本当だったのか。
ただ、それが可能なら一つの疑問が沸く。
「それなら、最初からその異能力でアイツを倒して下さいよ。こんな手間のかかるトラップまで仕掛けて、骨折り損ですよ」
「まぁ、この能力を使い続ければ、自分の放つ電磁波で火傷しちゃうから、長くは使えないんだけどね。諸刃の剣ってやつよ」
ご都合主義かよ!?




