18 パラベラム 汝ら電波攻撃に備えよ
本城さんは無作為に持ってきたビニール傘を広げて床に置く。
次に黒板の裏にある実験で使う備品を保管する部屋に移動すると、空き箱へ備品を積めるだけ積め戻って来た。
箱からアルミホイルを取り出し、忍者の巻物のように引っ張り出すと、傘の内側にテープで張り付けて行った。
工作の末、完成したのは単にアルミ箔でメタリックな見た目に作り替えられた傘だった。
他は手鏡を壁際に置き、生物の解剖で乗せるステンレスのトレーやボウルを、両面テープで壁や柱に取り付けていた。
本城さんを手伝う形で、柱や壁にステンレスの道具と手鏡を両面テープで張り付けるが、後ろから本城さんがあおってくる。
最初は「そこは二センチ右」とか「一センチ下」と指示していたが、「違う。五ミリ左上」から「二ミリ右斜め下にして。ん~、一ミリ上げて」と、異様なこだわりが垣間見えた。
取り付け終わる度に本城さんは駆け寄り、しっかり張り付けられたかをチェックして、ボウルやトレーに後頭部を向けると、忙しそうに視線を泳がせた。
柱に取り付けた手鏡に至っては、まず髪型を気にしてから配置のチェックをしている。
さすがに何をやらされているのか、不満が募ってきたので、僕は彼女の謎行為を理解しようと視線の先を探して、同じように視線を泳がせた。
金属のボウルに後頭部を向けると、視線は自然と対照的に取り付けた銀のトレーへ向く。
そこから四十五度、首を動かし視線を変えると、はす向かいに設置した手鏡が目で捉えられた。
一つのステンレスや鏡に対して、二つか三つの同じ物が対照的に合うように設置されている。
少し想像の幅を利かせると設置した物同士を、それぞれ直線で結ぶ。
なんとなく囲みのような三角形が見えてくる。
そんな配置がいくつも作られた。
あらかた取り付けられた理科室を見回すと、ドーム型の囲みが形成される。
これにレーザーでも当てたら反射して、スパイ映画のトラップに変わるのかもしれないが、理科室を俯瞰で見たとき、何かの五芒星や六芒星のような陣形になっているのではないかと、僕の中に内包する厨二病が騒いでいた。
と、考えつつも無機質な銀で彩られた理科室の内装としては、味気ないクリスマスの飾りに囲まれている気分になり滅入る。
本城さんは一通り準備を済ませた後に、意気揚々と言った。
「よし! パーリィーの仕度はできたわね」
「本城さん。本当にこれで電波怪獣を倒せるんですか?」
「何事もやってみないとわからないでしょ?」
まさかの出たとこ勝負か。
そういや、量子力学には不確定性原理という、なんか難しい概念が存在する。
量子の世界ではAはBへ必ず向かうとは限らない、みたいな。
つまり未来のことは何もわからないって話で、僕の未来は本城さんが計画した作戦で救われるかもしれないし、十年後にはまた引きこもり廃人になっているかもしれない。
あるいは、この過去の時代で命を落とすかも……。
これが最後の戦いになるかもしれない。
ここまで僕を護衛してくれた本城さんに、まだまだ聞きたいことがあるけど、これだけはハッキリさせたい。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、本城さんは……幽霊だったりしますか?」
「な~にぃ、新しいパターンのセクハラ? この私のどこが幽霊なのかしら?」
そう答える本城さんは左右に身体を揺らし、軽く踊ってみせた。
クネクネと身体を揺さぶる度、赤いプリーツスカートが揺らめいて、雪のような美肌の足を魅惑的に見せるので、僕は恥ずかしさが込み上げ目を背ける。
本城さんに対してではなく、十四歳の自分にイラつく。
おのれ……思春期の身体、制御できん!
本城さんは急に黙り込むと、額に二本の指を当てながら、瞑想するように目を閉じ、たった一言。
「来る」
それだけで何が来るか僕にも理解できた。
「ほ、本城さん。アイツが……ジャマーがいるの?」
「近くにいる。君も感じるはずよ?」
「僕にはわかるわけ……」
いや、なぜかは理解できないし理屈もわからない。
けど、ジャマーの接近は僕でもわかるかもしれない。
ジャマー退治の専門家は、こちらの思案を言語化してくれた。
「身体が熱くなるのはジャマーが発するマイクロ波を感じとるから。身体がむず痒い感覚になるのは、静電気を発するモニターに髪や体毛を近づけた感触に似ている。君も私も敵の気配を感覚器官で感じられるわ」
ようやく頭の隅に置いていた、濁りみたいなものが消えた。




