15 極超短波少年の憂鬱
四階から階段を降りて一階へ来ると、階段下の影に溶け込むように隠れた。
一階の廊下は教師達が慌てて駆けつけ、割れた窓ガラスと蛍光灯を見て絶句している。
割れた窓からは豪雨で校内へ侵入してくる雨水に、教師達は右往左往しながら対処していた。
遠目で様子をうかがう本城さんは「これで、厄介な教師の目を惹き付けられたわね」と、さも計画通りにことが運んだように言う。
極秘機関のエージェントと言うわりに、彼女の行動は大胆すぎる。
何故、今までその存在がバレなかったんだ?
本城さんはこちらへ視線を向け、人差し指で自分の口を塞ぎ、開いたら手を見せると、身振り手振りで「静かに、ここを動くな」と指示した。
僕が小さく頷くと彼女は姿勢を低くしたまま、潜航する潜水艦のように下駄箱まで移動し、姿が見えなくなった。
白いコートに身を包む謎の美女がいなくなると、とたんに不安な気持ちにさいなまれる。
ソワソワと周囲を気にしだした頃に、彼女は一本のビニール傘を持ちながら階段下へ戻って来て、またも身振り手振りで指示。
指一本を上へ向け階段を上る。
多分「上へ行くよ」という合図なので、僕が黙って彼女の後をついて行くと、本城さんは合間に解説を挟む。
「幸い授業中で廊下を歩く生徒はいないわね。ジーメンスは隠密行動が基本だから、一般人に見られる訳にはいかないのよ」
「いや、思いっきりガラス割って校内へ侵入して、残骸が教師に注目されてましたけど?」
「君、あまり細かいこと気にしてると、大人になった時、女子に持てないわよ~」
「よ、余計なお世話です!」
思わずムキになりそっぽ向いた。
十年後、二十四歳の万城目・縁司は家から一本も出ず、見てくれも白髪混じりで頭髪も伸ばし放題。
服は汚れてても気にしない、引きこもり廃人となっている。
そりゃ、女子は未来の僕に近寄りたくないはずだ。
本城さんの返しは痛烈な皮肉となり、胸の内をえぐる。
この話は切り上げたいので、僕はもっと目前に迫った将来について聞きたい。
「本城さん。わざわざ一階まで下りてきて、
傘一本を取りに来たんですか?」
「そーよ。わざわざ傘一本を取りに来たのよ」
「先生とジャマーに見つかるかもしれないのに?」
「そのジャマーを倒す為の秘密兵器よ」
また秘密兵器か?
今度はビニール傘がマシンガンになったり、高出力ビームが出たりするのか?
質問はまだある。
そもそも何で僕のことを知っているんだ?
名前も家も通っている学校まで。
「僕の家の前にいたのって、もしかして本城さんですか?」
「えぇ!?」
彼女は慌てた表情で顔を背けて視線を泳がせた。
「その反応。やっぱり本城さんですよね? そうですよね!?」
こちらが追及すると電波監視官は白状した。
「ご、ごめんなさい!」
「は? え?」
「任務で君の自宅を張り込みしてたのよ。ジャマーが狙って君の所へ行くかもしれないから……ただ」
「ただ?」
「私、あまり張り込みが得意じゃなくてー……」
「なんとなく、わかります」
「不審者に見えたかな?」
そうか、勝手に幽霊だと思い込んでいたんだ。
僕は率直に答えた。
「見えました」
「はぁあ~~そうだよねぇ……」
本城さんは肩を落として深いタメ息をついた。
心なしかエクステのポニーテールが、しんなりしていた。
「これでもジーメンスで張り込みの研修を受けたんだけどな~」
極秘機関と聞いた時は謎多き秘密の組織で、闇夜に紛れ都市伝説として蔓延り、見た者は口を閉ざし姿を消される。
そんなイメージを持っていた。
研修と聞いてジーメンスとやらが急に、お役所仕事に思えてきた。
張り込みと言うよりアレではストーキングだ。
幽霊だと思っていたものはストーカーだった。
点と点が結びつき謎めいていたことがつまびらかになるが、次から次にことの運びが気になり始める。
となると、気になるのは――――。
「なんで本城さんは僕の名前も家も知ってたんですか?」
「君は、なんで、なんでが多いわね?」
「そりゃ、そうでしょ? いきなりジャマーだのジーメンスだの出て来たんだし」
彼女は振り向き真顔で一言。
「Don't think, feel……考えるな感じろ」
「ふざけないで下さい」
「はいはい。そんなの決まってるでしょ?」
彼女は片手を胸に当てると、さも当然と答えた。
「私を派遣した組織の元締めは、人口の統計データを絶えず集計している総務省よ? 個人情報なんて、すぐ割り出せるわ」
プライバシーの侵害だ!?
映画の名言のごとく後の説明は野放しにして、本城さんは歩みを進めるので、質問を諦めて後を付いて行った。




