12 電波監視官の美女
これまで、謎の美女の容姿をまともに見ていなかったが、コートの下はよく見ると白いブラウスに襟の上からネクタイを模したペンダントを身につけており、膝丈の赤いプリーツスカートが魅惑的だった。
顔はあどけないが、年齢はこの時代の僕よりも上と見ていいだろう。
彼女は気を取り直して説明する。
「まず、ヤツらは光を嫌うのよ。太陽の光は電磁波が強すぎるから、夜とか今日みたいに分厚い雨雲で陽射しが遮られた日に現れる。そして君みたいに、"電波が見える体質の人間"を好むわ」
「は? 電波が……見える?」
「そのヤツらを退治するのが私の仕事――――」
彼女は階段を登り僕よりも優位な立ち位置に来ると、両肘をくの字に曲げて手で腰を掴み、仁王立ちでこちらを見下ろしながら続けた。
「私は本城・愛。総務省の出先機関、総合通信局に極秘で作られた怪電波専門の組織。通称【ジーメンス】から派遣された電波監視官よ!」
謎の美女、改め本城と名乗った彼女の言うことは突飛過ぎて、それこそ電波としか思えない。
出だしから話についていけない。
本城さんが発する電波を、僕は上手く受信できないでいた。
そんな僕にかまうことなく、彼女は話し続けた。
「私達の機関は【総務省・組織令。第百三条、一】に則って、社会で脅威と見なされた電波事案を日々、裏の社会から監視している」
「は、はぁ……」
「君を襲ってきた怪物だけど、西洋では悪魔。日本では幽霊や妖怪。でも私達の組織は【ジャマー】って、呼んでいるわ。電磁波の体を持つ生命体」
――――さっぱり解らない。
彼女の言葉は右耳から入り脳に留まること無く、左耳から流れ出て行った。
「電波怪獣って言う方が解りやすいかな? そして私は、その電波怪獣を取り締まる電波Gメンってわけ、どう? わかった?」
のっけから置いてけぼりなのに、理解を求めるのは酷な話だ。
本城と名乗る女性の解説はまだ続く。
「君の脳からは極超短波からミリ波までの周波数が発せられているわ」
「は? 極ちょう……天パ?」
「極超短波はテレビ放送、ミリ波は携帯電話やスマホに利用されてる電波よ。人間が放つ脳波は一種の電波みたいな物なのよ。最近テレビやパソコンの画面がブレたり、スマホが急に落ちて電源が入らないなんてなかった?」
言われて考えると、心当たりがある。
親友の戸川とスマホで対戦ゲームをしている時に、教室内のスマートホンの電源が落ちて、しばらく再起動できなかった。
「……あります」
「それは電波に似ている君の脳波が、スマホ内部の精密機械に干渉したからなのよ。恐らくジャマーはその時に発せられた電磁波に食いつき、君を狙ったのよ。ヤツらは"脳波"を食べる為に襲って来るから」
な、何? 脳を食べる?
昔のB級モンスター映画みたいな設定が出てきたぞ?
「ジャマーはあらゆるモノに憑りつき電波を食べて、怪電波を発するのよ……いい? テレビ、電話、交通、医療、衛星、インターネット――――電波大洪水と言われるぐらい世の中は電磁波だらけ。人類は電波無しでは生活出来ない世界にいる。ただでさえ増えすぎた電波は、お互いを干渉し合うのに、そこへ電波怪獣なんて現れたら大混乱」
本城さんは両手を広げながら肩をすくめて続ける。
「しかも、使用する電波にはホワイトスペースと言うキャパシティーが有って、テレビのアナログ放送が終了したのは、そのキャパを確保する為なんだけど、ジャマーの存在はそのキャパを埋めてしまうわ」
今の僕の頭がキャパオーバーです。
「ジャマーがキャパを埋めると救急車で緊急搬送する時に、消防無線を妨害したり、航空機の無線を混線させて、旅客機同志を衝突させる、なんて事態になりかねない」
理解が追い付かないけどジャマーっていう電波怪獣がいると世の中、大混乱になるってのは理解できた。
「そこで総務省はジャマーを殲滅する為、都心部に防衛兵器を導入したわ」
「ぼ、防衛兵器ですか?」
こちらが呆気に取られていると、本城さんは立てた人差し指を頬に寄せ答える。
「解りやすく言うと地上デジタル放送ね」
なんか拍子抜けだな。
防衛兵器なんて大層な呼び方するから、戦車にパラボラアンテナをくっつけて、殺獸光線をビュンビュン撃つ光景をイメージしたのに。
「今は五Gがその役割を果たしているわ。時代による科学技術で、防衛兵器は形と効果をアップグレードしてるのよ」
「なんだか……話が急にショボくなりましたね?」
「わかってないようだけど、君はそのショボい兵器に命を助けられたのよ。お・わ・か・り?」
すごいドヤ顔で反論してきた。




