第七章 歌姫の夢と新たなる旅立ち
「アリアさん、わたしたちは生きているわ。そしてそれは、あなたたち人間もそう。みんな心を持っている。……それなのに、どうして争うの? どうして戦争なんてするの?」
ティーナの問いかけに、アリアは言葉を失ってしまいました。セブ将軍が声を荒げます。
「人形風情が、知った口をきくな! 我らには、我らの国民を守る義務がある! ロメン国は水に乏しい国なのだ。水を確保するためには、他国から奪わなければならないのだ。水がなくなれば、我らは滅びる。そうなれば、お前の主人であるアリアたちのように、あてのない旅に出なければならないんだぞ! 水を探して、砂漠をさまよう……。アリア、お前にはその苦しみがわかっているだろう?」
水がなく、乾ききって死んでいった両親の顔を思い出し、アリアの顔がしわくちゃになります。痛みをこらえるかのように、アリアは言葉をしぼりだします。
「将軍のいう通りよ、ティーナ。わたしたちは戦わなければ、生きてはいけないの。この世界では、資源を奪い取らなければ、乾いて死んでしまうのよ!」
アリアのさけびを聞いて、ティーナはじっと考えていましたが、やがて顔をあげました。
「……砂漠を、元に、元の緑豊かな大地に戻すことはできないの?」
ティーナの言葉を聞いて、セブ将軍が「ハッ!」と鼻で笑いました。
「人形が夢物語を語るとはな。この砂漠を見てみろ、どこまでも続く死の大地を! 互いに争い合い、死の雨を降らせた先祖たちのおかげで、大地は荒れ果て資源もほとんどないのだぞ。我々はオアシスのそばで細々と生き、わずかな資源を奪い合う以外にないのだ!」
「でも、それだとあなたたちも、あなたたちのご先祖様と変わらないじゃない」
セブ将軍の顔が、怒りで真っ赤になります。赤銅色の肌が、まるで雷雲に包まれるかのように熱を持っていきます。
「理想を語ることは誰にでもできる。だが、どう言おうと、この現状を変えることなどできん。この世界は死の雨によって、絶望に覆われてしまったのだから」
「でも、希望だってあるじゃない。わたしたちが、イズニウムが見つかっているでしょう」
「ふん、世迷いごとを。我がロメン国は、大量のイズニウムを持つがゆえに、他国から狙われ侵略されてきた。イズニウムが希望だと? そのイズニウムが、争いのもとになっているということがまだわからんのか!」
「それは違うわ!」
拡声器を使わずとも、胸を打つほどにひびくティーナの声に、セブ将軍はひるみました。ですが、すぐにティーナをねめつけます。
「なにが違うというんだ?」
「イズニウムは、わたしたちイズンは、争いのもとじゃないわ。だってわたしたちが、心を持ったわたしたちが、誰かを傷つけたかしら? みんな武器を置いて、かわいそうなくらいにふるえていたじゃない。それを壊せと命令したのは、あなたたち人間だわ」
「ならばどうするというのだ? まさか貴様、我々人間を支配するとでもいうのか? 我らがお前たちイズンをそうしてきたように」
「もちろん違うわ。……わたしの願いは、この世界の再生よ」
セブ将軍はハハハと、おかしそうに笑いだしてしまいました。アリアも目をむき、ティーナをじっと見つめます。
「こりゃあ面白い! 再生だと? こんなどうしようもない世界を、どうやって再生するというんだ?」
「わたしの力なら、それができる! わたしは歌を歌うことで、イズンたちのイズニウムに干渉できるわ。でも、わたしの力はそれだけじゃないの。たくさんのイズンたちに囲まれて、そしてわたしが心を持ったことで、それがわかったの。……わたしは、イズニウムを感じ取ることができる。この砂漠にも、数多くのイズニウムが眠っているわ」
「イズニウムを、感じ取れる? それじゃあまさか、新たにイズニウムを発掘できるっていうの?」
イズニウムは、元来オアシスの近くでしか見つかったことのない鉱物でした。それゆえに、この世界ではイズニウムの奪い合いが頻繁に行われていたのです。そのイズニウムを、新たに砂漠から発掘できるとしたら……。
「それだけじゃないわ。わたしには感じられるの。イズニウムのそばで、水が流れているのも。オアシスの潤いも……」
アリアはもちろん、セブ将軍も黙りこんでしまいました。と、遠くから拡声された声が聞こえてきます。
「我々は降伏する! 代わりに兵に、我らの資源に危害を加えることはしないでくれ」
グリーク連合の将軍の声でした。それを聞いたセブ将軍は、皮肉っぽく笑いました。
「どちらにしても、グリーク連合は降伏を宣言した。あとはお前たちの反乱を鎮めれば、戦争は終わり、我らはグリーク連合の資源を手に入れられる。そうすればロメン国民は、豊かな生活を送ることができるのだ」
「それはまやかしだわ。一時の甘い夢よ。イズニウムを、それにオアシスを探していかなければ、じょじょに砂漠に飲まれるわよ」
ティーナの言葉を聞いて、アリアの脳裏に、あの激しい砂嵐の記憶が呼び覚まされました。ゲルム国を襲い、飲みこんだあの砂嵐が。ふるえるアリアでしたが、セブ将軍は予想外の言葉を口にしたのです。
「……そうだ、そんなものはまやかしの夢だ。きっと我々は、最後には砂漠に飲まれるのだろう。……だが、お前が本当に、新しくイズニウムを探せるのならば話は違ってくる」
ティーナとアリアが同時に顔をあげました。アリアと目が合うと、セブ将軍はにやりと笑ってうなずきました。アリアはティーナにも顔を向けます。ティーナはアリアを、そしてセブ将軍を見て、はっきりと答えたのです。
「……探せます。必ず探し出します。だから」
セブ将軍は軽く肩をすくめました。そして、ティーナに手を差し出したのです。いぶかしがるティーナに、セブ将軍は言いました。
「拡声器を貸したまえ。グリーク連合と和平を結ぼう。争うのでも、支配するのでもない。今ある両国の資源を分配し、少しでも長く国を、ロメン国もグリーク連合も、それにもちろんゲルムの民も含めた、我々全員が生き長らえるように努力しよう」
警戒しながらも、拡声器を渡すティーナに、セブ将軍は続けました。
「だが、それも長くは続かないだろう。我々は結局砂漠に飲まれる。……お前たちが、イズニウムを、そしてオアシスを見つけ出すのなら別だがな」
セブ将軍はティーナから、アリアに向き直りました。アリアもまばたき一つせず、将軍の目を見つめます。
「アリア。お前は我々のイズン軍に壊滅的な打撃を与えた。本来ならお前も、それにゲルムの民も処刑されるべきである」
アリアが身を硬くしました。しかし、セブ将軍はほほえみ、首を横にふったのです。
「だが、わたしはお前たちを許そうと思う。お前の歌姫は、同時にわたしたちを救ったのだから。砂漠に飲まれるのを待つ運命だったわたしたちに、オアシスを探し出し、砂漠を緑豊かな大地に戻すという希望の道を指し示してくれた。……だからアリア、わたしはお前に命ずる。今回心を持ったイズンたちと、グリーク連合のイズンも用いて、オアシスを探す部隊の隊長となってもらおう」
アリアの目が大きく見開かれました。
「夢物語かもしれない。緑化など。それにオアシスなど、見つからないかもしれない。だが、このまま戦争を続けても、国は、人類は疲弊していくだけだ。ならば夢を追い続けようじゃないか。緑化作業にイズンをあてて、みながともに生き残る道を探すのだ。……だが、これはつらい道でもある。君は砂漠をさまよい、両親を失ったのだろう? その砂漠に再び出てもらうが、アリア、お前には本当にそれができるか?」
将軍がアリアをじっと見ました。ティーナも身を硬くして、アリアの言葉を待っています。アリアをはがいじめにしていたイズンが、そっとその腕を解放しました。アリアはまっすぐに将軍を見つめたまま、静かな、まるで肩の荷を下ろすかのような、安らかな笑みを浮かべたのです。
「セブ将軍、それにティーナ……ありがとうございます」
心を得たイズンたちは、銃の代わりに苗を持って、それを砂漠に植えていきました。アリアとティーナ、それに掘削用の器具をつけたイズンたちは、砂漠のいたるところでオアシスを見つけ、イズニウムを探し当てたそうです。死の雨によって砂漠と化した大地に、ようやく水と緑が戻り始めたのでした。