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第五章 対話、そしてアリアの決意

 ビクッと身を硬くして、アリアは思わず目を開きました。


「そんな、どうして!」


 ティーナが体を起こして、アリアの顔をのぞきこんでいたのです。精巧に作られていたティーナは、人間と同じようにどのような動きだって取れます。しかしそれは、命令があった場合です。アリアがなにも命じていないのに、体を起こしてアリアを見るなんて、そもそもしゃべることなんてできないはずです。


「あなた、どうして……どうして?」


 アリアに問いただされても、ティーナは首をかしげるばかりでした。その様子も、どう見ても人間にしか見えません。


「わかりません。でも、温かかったから。それに、耳がくすぐったくて、誰かが歌っているって気づいたら、光が流れこんできて……」


 ティーナの表情がくもりました。


「そして、わたし見たんです。わたしと同じような、温かさを持った人たちが、冷たい人形たちに……」


 それ以上はなにも言えずに、ティーナはうつむき、ぎゅっとアリアの手をにぎったのです。ろうの体は冷たいはずなのに、そこにはぬくもりがありました。


「そんな、それじゃあ、まさかあなたにも」


 歌姫であるティーナは、心を持たないように作ったはずです。というよりも、そもそもアリアは、心を持つイズンの作りかたなんてわからないし、作ったこともありません。それなのに心を持ったということは、ティーナ自身の歌によって覚醒したということでしょうか? ですが、ティーナが歌っていたのはレクイエムです。恐怖と悲しみに囚われるような歌だったはずです。


「レクイエムを聴いていたはずなのに、どうしてなの?」


 思わず問いかけるアリアに、ティーナはまばたきしてから(このしぐさも、なんとも人間らしいものでした)首をふりました。


「ううん、わたし、レクイエムなんて聴いていないわ。わたしが聴いたのは、『アモーレ』だったはずよ」

「アモーレ……?」


 そんな曲名は聞いたことがありません。少なくとも、レコードの曲には、そのような題名はありませんでした。それにアリアには、『アモーレ』という言葉がなんなのか、まったくわからなかったのです。死の雨以前の世界の言葉でしょうか?


「ねぇ、お姉さん」

「アリアよ。わたしの名前はアリア」

「アリアさん、あの人たちはどうなったの? わたしと同じ、温かさを持った人たちは」


 それがいったい誰のことなのか、アリアはわからずに考えこんでいましたが、やがてハッとしてティーナに聞き返したのです。


「温かさを持った人たちって、もしかして、イズンのこと?」

「イズン?」

「そうよ、あなたたちのように、イズニウムで動く機械人形のことよ」


 機械人形といわれて、ティーナは軽く首をひねりました。


「アリアさんは違うの?」

「わたしは違うわ。わたしは人間よ」


 ますますよくわからないといった表情で、ティーナはさらにアリアにたずねます。


「でも、アリアさんも温かく感じるわ。それなのに、わたしと同じイズンじゃないの?」

「そう……そうだわ」


 アリアは、とまどいながらも答えました。


「だけど、人形っていうのは、あの冷たい人形たちのことじゃないのかしら?」

「冷たい人形って?」

「温かい人たちを、わたしと同じ心を持った人たちを……銃で撃って、壊していた人たち」


 アリアはぎゅっと軍服のすそをにぎりしめました。アリアだけが見たと思っていたあの光景を、よりによってティーナまでもが見ていたのです。ティーナはさらにたずねます。


「どうしてあんな恐ろしいことを? みんな泣いていたわ。怖いって。悲しいって。せっかく心を持ったのにって」

「やめて!」


 アリアのさけびに、ティーナはビクッと身をふるわせました。アリアはフーッと大きく深呼吸して、努めて冷静な口調で言ったのです。まるで自分に言い聞かせるように。


「……大丈夫、あなたはなにも考えなくていいのよ。あなたはただ、歌えばいいの。大丈夫だから、だから」

「歌うって、どんな歌を? アモーレかしら」


 アリアの顔がわずかに引きつりましたが、それでも無理に笑って答えました。


「違うわ、レクイエムよ」


 ティーナがハッと口を押さえました。


「レクイエムを……? いやっ!」


 ぶんぶんと激しく首をふるティーナを、アリアは必死になだめます。


「お願いだから、レクイエムを歌ってちょうだい! そうしないと、わたしもあなたも、大変なことになってしまうわ」

「でも、レクイエムなんて歌ったら……」


 ティーナの紫色の目が、うるんで光がにじみました。


「あの温かい人たち、みんな泣いていたわ。おびえて、泣いて、怖がっていた。まるで……まるで、レクイエムを聴いたみたいに」


 紫色の、イズニウムでできているはずの目から、ぽとりと紫色の涙がこぼれました。涙が流れるようになんて、ティーナは作られていないはずです。ぼうぜんとするアリアに、ティーナはさらに聞いてきました。


「ねぇ、アリアさん、もしかしてあの人たち、わたしが歌ったからあんなにおびえていたの? わたしが、レクイエムを歌ったから」

「違うの、ね、お願い、落ち着いて」


 ティーナに触れようと、アリアは手を伸ばしますが、ティーナはあとずさりしてアリアを見あげます。


「きゃっ!」


 じりじりとうしろへ下がるうちに、ティーナがベッドから落ちそうになってしまったのです。アリアは思わずその手をつかんで、ティーナをぐいっと抱き寄せていました。


「アリアさん……」


 ティーナの体は、その手と同じで、人間と同じぬくもりにあふれていました。今は顔を思い出すことも難しくなった、父と母に抱きしめられた記憶がよみがえり、アリアもいつの間にか目から涙をこぼしていました。


「……ティーナ、よく聞いて。お願いだから、落ち着いて聞いてちょうだい」


 アリアは、ティーナの頭をなでてから、じょじょにその手をうなじのあたりへ……イズニウムの起動スイッチがあるところへとはわせていきます。ティーナはそれには気づかず、アリアにされるがままになっていました。


「あなたが心を持っているって知られたら、あなたはセブ将軍たちに壊されてしまうわ」

「壊されちゃうの? あの、温かい人たちと同じように? ……心を、持ったから?」


 アリアは起動スイッチを指で探りながら、間をおいて答えました。


「……そうよ。だからお願い、わたし以外には、心があるって知られないように、心の無いイズンのふりをして」


 ようやく起動スイッチを指で探り当てると、アリアはくちびるをかみしめました。ティーナの体から、ふるえとともに恐怖の感情が伝わってきます。


「心の無いふりって、どうすればいいの?」

「レクイエムを歌って欲しいの。あと何回かだけ、レクイエムを歌ってくれれば、あなたはきっと自由になれるわ。……だから」


 アリアの胸の中で、ティーナが暴れて首をふります。アリアは起動スイッチを離さないように、ティーナをしっかり抱きしめました。


「いやっ! いやよ! だってレクイエムを歌ったら、きっとまたみんな泣いて、そして怖がって、最後には壊されてしまうんでしょう! そんなのイヤよ! わたしの歌で、みんなが不幸になるなんて! わたしは歌わないわ、もう、レクイエムなんて歌わない!」


 ティーナのさけびと同時に、ドアがガチャリと開く音がしました。その音に驚き、アリアは反射的に起動スイッチを切ってしまったのです。ティーナの目から、紫色の輝きが消えていきました。


「……あぁ、失礼。メンテナンス中だったか」


 セブ将軍が、けげんそうな顔でアリアを見ています。アリアはさっと顔を背けて、すばやく目をぬぐいました。


「そうです。将軍がおっしゃったように、少し調整が必要みたいですわ」

「なに、本当か? それで、間に合うのか?」


 アリアは無表情のままうなずきました。


「問題ございません。グリーク連合との戦争には必ず間に合わせます」


 アリアが深くおじぎをしました。重苦しい空気に耐えきれなくなったのか、セブ将軍も、申し訳なさそうに軽く頭を下げました。


「それじゃあ……すまない、邪魔したな」


 セブ将軍が研究室から出ていくと、アリアはフーッと大きく息をはきました。光を失ったティーナの目が、うるんでぼやけました。


「……ごめんなさい、わたしはひどい母親ね」


 アリアは意を決したように、研究室の奥へ行くと、そこからドリルのような器具を持ってきたのです。一瞬ティーナの体がひるんだようでしたが、アリアは気づきませんでした。



「あんな光景が見えたから、ティーナは心を痛めたんだわ。それなら、見えなくすれば」

 ドリルのようなその器具を、アリアはティーナの片目にあてがおうとします。手がふるえて、額に汗がにじみました。そうして紫色の光を失ったひとみを見つめると、なにかが映っているのです。アリアは顔をあげました。


 ――あれは……ソフィア――


 ずっと昔にスオーノに教わって作った、初めてのイズンが、ティーナのひとみに映っていたのです。ティーナと同じく、自分の髪の毛をあげたイズンが……。アリアはティーナの目から器具を離して、肩をふるわせました。


「……ごめんなさい、でも、わたしにとって、ううん、わたしたちにとって、あなたは希望の星なの。グリーク連合との戦争が終われば、わたしたちゲルムの民はみんな、市民権を得られるの。だから……」


 ティーナの顔に、ぽたぽたと水滴が落ちていきました。ティーナのほおに触れて、水滴がわずかに紫色に輝きます。アリアは涙をぬぐうと、ドリルのような器具を持って、研究室の奥へ戻っていきました。


「……アリアさん、ありがとう……」


 起動スイッチを切られたはずなのに、ティーナは静かにつぶやきました。ですが、その言葉がアリアに届くことはありませんでした。

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