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第四章 アリアの迷いと歌姫の覚醒

 結局、歌姫『ティーナ』が完成したのは、セブ将軍から命じられてちょうど一年後のことでした。とはいえもちろん、いきなり実戦に投入するわけにはいきませんでした。本当に心を与える力があるのか、さらには歌姫の歌が、自軍にまで及ぶのではないかという懸念も上がりました。ティーナの力を検証し、自軍に被害が出ないように運用する方法が模索され、そしてようやく実戦に投入されたのは、さらに一年が経ってからでした。


 ティーナの初陣でもあった、フィオ国との初戦に勝利したロメン国は、そのままフィオ国を包囲、そして降伏にまで追いこみました。ティーナによって心を、『恐怖』の感情を埋めこまれたイズンの兵たちは、抵抗することもなく、ガタガタとふるえてうずくまっていました。そのイズン兵たちのイズニウムを……心臓を、ロメン国のイズンたちが撃ち抜いていきます。心を持ったイズニウムは、再利用しようにも、心を持ったままなので、兵士にはできないのです。アリアはその光景から、目を背けることはできませんでした。


 ――ううん、これでいいの。そうしないと、イズンじゃなくて今度は人間が死んでしまうのだから。ゲルムの民が、それに、わたしがこの国で知り合ったたくさんの人たちが――


 目を背けない代わりに、アリアは自らに言い訳がましく言い聞かせるのです。ですが、アリアは気づいていませんでした。その光景を、アリアだけが見ていたわけではないと。そしてティーナの歌を、アリアだけが聴いていたわけではないと……。




 フィオ国を併合してから、一か月が経ちました。ティーナの、イズンを無効化する歌姫のうわさは、またたく間に近隣諸国へ広がりました。特に北部のグリーク連合は、ロメン国の侵攻に備えて大量のイズンを製造していると、アリアも将校たちから聞かされました。


 ――でも、とにかくこれでわたしたちゲルムの民も、市民になることができるわ――


 ですが、アリアの願いは、いとも簡単に打ち砕かれてしまったのです。




 フィオ国を併合した功績により、アリアには市民権が与えられました。しかし、アリアは少しもうれしくありませんでした。祝勝会のあとに、アリアはこぶしをにぎりしめたまま、セブ将軍に食ってかかったのです。


「セブ将軍、約束が違います! 将軍は戦争に勝利すれば、わたしたちゲルムの民に市民権をくださるとおっしゃったはず。それなのにどうして、わたしだけなのですか? どうして他のみんなには、市民権を与えてくださらなかったのですか!」


 怒りで顔をゆがめるアリアに、セブ将軍はにべもなく答えました。


「確かにわたしは、戦争に勝利したあかつきには、ゲルムの民に市民権を与えると約束した。しかし、それがフィオ国のような、小国との戦争で果たされると思っていたのか?」


 はじかれたように顔をあげるアリアを、セブ将軍はみじんも揺らがぬ、強い目で見つめて続けたのです。


「我らの悲願は、北のグリーク連合を倒すことだ。北部にはまだ多くのオアシスが残されていると聞く。そこを手に入れて初めて、我々は戦争に勝利したと言えるのだ」

「ですが!」

「まあ、そういきり立つな。わたしは市民権を与えぬと言っているわけではないのだ。……それに、グリーク連合との戦も、歌姫がいれば確実に我らが勝つだろう?」


 セブ将軍の言葉に、アリアはきゅっとくちびるをかみしめます。セブ将軍はうっすらと笑みを浮かべました。


「安心しろ。グリーク連合を我らが併合したときに、そなたたちゲルムの民には市民権をやろう。約束は守る」


 それ以上なにを言っても、どうにもならないと思い、アリアは口を閉ざしました。セブ将軍は一人でうなずき、アリアの耳元でつぶやきました。


「グリーク連合には、すでに宣戦布告を告げる使者を派遣した。すぐにでも戦が始まるだろう。歌姫のメンテナンスをしておくといい」


 セブ将軍は笑ってアリアに手をふりました。そのうしろ姿を、アリアはぎゅうっとこぶしをにぎりしめて見送るのでした。




 祝勝会からの帰り道、アリアはロメン国の大通りを行く、異国風の一団に遭遇しました。


 ――あれは、フィオ国の――


 ロメン民族のような灰色の髪ではなく、黒髪のフィオの民が、うなだれて歩いています。併合された国の国民たちは、ゲルムの民と同じように、準市民とされてしまいます。今でこそ戦争はイズンたちに任せられているので、徴兵されたりはしませんが、ほとんどの準市民には、過酷な国外労働が課せられるのです。


 ――ロメン国は、というよりもほとんどの国は、交流を図るために砂漠間の物資運搬部隊を持っているわ。砂嵐と厳しい日差し、日中と夜間の温度差、危険な生物や盗賊たちに狙われることもある。……あの人たちも、そういう危険な仕事を任されるんだわ。ゲルムの民と同じように――


 アリアやスオーノは、イズニストとして技術面での貢献を求められましたが、技術のない者たちはみな、そのような過酷な仕事につかされるのです。アリアはフィオ国の一団を見送ったあと、静かに首をふりました。


 ――ゲルム国では、国家間の物資運搬を、すべてイズンに任せていた。でも、ロメン国のイズンはみんな、戦争の兵士として作られている。物資運搬用のイズンを作るように、おじいちゃんが提案したこともあるけど、他のイズニストたちに一蹴されてしまった――


 ロメン国のイズニストたちは、スオーノと違って戦争用のイズン専門でした。様々なイズンを作ったことがあるスオーノたちとは、考えかたが違ったのです。


 ――それでも、砂漠での移動は危険だわ。いくら戦争より死人が出ないからといって、そんな危険な作業を人間にさせるなんて――


 もやもやを抱えながらも、アリアは頭を切り替えました。グリーク連合を併合したら、その連合の民たちも、準市民として危険な国外労働を強いられるのでしょう。しかしそれで、ゲルムの民が救われるのです。それでいいじゃないかと、無理やり言い聞かせてから、アリアは研究室へ戻りました。




 セブ将軍からは、ティーナのメンテナンスをするようにと言われていましたが、その必要はありませんでした。アリアが心血を注いで作り上げた、ティーナのろうの体は、砂漠の熱にもまったくこたえず、溶けるどころか汚れ一つついていなかったのです。イズニウムによる不思議な守りが、体を完璧な状態に保っているのでした。


「イズニウムの輝きも、衰えるどころかますます強くなっているわ。それに髪の毛も」


 研究室のベッドに、あおむけに寝かされているティーナを見ながら、アリアは小さく息をはきました。自分のものだった、ティーナの紫色の髪を、指でゆっくりとなでていきます。自らの髪を切って、ティーナの頭に埋めこみ、イズニウムのかけらですいていく。その作業をしていくうちに、青かった髪がじょじょにイズニウムと同じ、紫色へ変化していったのです。ティーナに自分の髪が順応したのだと、アリアはそのとき確信しました。


「お洋服こそ砂で汚れてしまったけれど、本当に美しい姿だわ。……本当は、おじいちゃんが言ったように、心を宿せたら良かったけど。でも、心を持ったら……」


 ティーナに心を与えられて、ふるえていたイズンたちを思い出して、アリアはぎゅっと目をつぶります。と、まるで歌うような、すずやかな声が聞こえてきたのです。


「心を持ったら、壊されてしまうのですか?」

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