第三章 歌姫と初めてのイズン
それからアリアは、連日研究室にこもり、歌姫のイズンの作成に取り組み続けました。ロメン国の戦争用のイズンは、特に量産型になると、一週間もあれば作ることができます。しかしアリアは、ろうによって体を作ろうとしていましたので、どうしても時間がかかるのです。さらに最も大切な、動力となるイズニウムに歌を聴かせなくてはなりません。
時折セブ将軍の部下が、矢の催促にやってきました。セブ将軍は、露骨な差別はしませんでしたが、他の部下たちは違いました。準市民であるアリアなど、どれだけイズニストとしての技術力があろうと、市民権を持つ彼らにとっては、使用人のような存在でしかないのです。彼らから嫌味を投げつけられても、アリアは黙って頭を下げるのでした。
――焦ってはならないわ。イズニウムの輝きを見て、その声に耳をすませるのよ――
イズニウムに歌を聴かせていくと、じょじょにその輝きが変化していきます。その変化を読み取り、特殊な力が宿ったかどうか判断するのが、もっとも難しく大切な工程なのです。しかしアリアには手ごたえもありました。
「……間違いない、歌い返しているわ」
『喜びを分け与えよ』のレコードを聴かせ続けて三カ月後、ようやくアリアに笑みがこぼれました。イズニウムが、ほんのわずかですが紫色に輝き始めたのです。それとともに、イズニウムから『喜びを分け与えよ』のメロディーが、かすかに聴こえるようになりました。力が宿り始めた証です。
「まだ喜んではダメよ、ここからが大事だわ」
力が宿り始めているとはいえ、それはまだ弱々しいさえずりのようなものでした。ここからさらに歌声を磨き、歌姫にふさわしいイズニウムにしなければならないのです。さらにアリアは、歌姫の体作りも並行して進めなければなりませんでした。
「アリア、あまり根を詰めるなよ。お前さんは昔から、寝食も忘れてイズン作りに没頭して、体を壊すことがよくあったからな」
スオーノが研究室にやってきましたが、アリアは気づかないほどに、歌姫の体作りに集中していました。そのかいあってか、ほとんど体は完成していて、どうやら今は髪を作っているところだったようです。アリアはフーッと大きく息をはき、額の汗をぬぐいます。
「……あぁ、おじいちゃん。ごめんなさい、気づかなくって」
「いいんだよ。邪魔してしまったかな?」
「ううん、大丈夫。どのみちこれもボツにしようと思ってたから」
アリアは無理に笑って、染めていた細い糸の束を、ゴミ箱にドサッと捨てました。目の下にくまができて、ずいぶんとやつれているように見えます。青く整えられていた髪もぼさぼさです。スオーノはまゆをひそめました。
「とにかくいったん作業は中止しなさい。厨房を借りるよ。……って、なんじゃこれは」
住みこみで作業できるようにと、備えつけられていた厨房を見て、スオーノは小さくため息をつきます。そこにはカビが生えかかったパンと、あちこちから芽が出ているジャガイモが、無造作に転がっていたのです。赤くほおを染めたアリアが、言い訳がましく首をふります。
「その、よく研究室の職員さんたちが、ご飯を持ってきてくれるのよ。準市民だって差別するやつもいるけど、味方もいるわ」
それは強がりでもなんでもありませんでした。アリアの人なつっこい性格は、研究室で働いている他の職員たちにも評判になっていたのです。もちろん、中にはアリアの美しさに惹かれてやってくる若者たちもいましたが。とにかくいろいろな人が、アリアの力になろうと手助けしてくれていたのです。
「まぁ、待っておきなさい。わし特製のチキンとトマトのスープだよ。家で調理したものを持ってきたから、あとは温め直すだけじゃ」
スオーノは鼻歌を歌いながら、持ってきた鍋を火にかけていきます。その間、アリアはいすに座って、それから無造作に青い髪の毛を指ですきました。
「そうじゃ、今日はわしが髪を切ってやろうか? まぁ、職人ほどうまくはできんが、イズンの髪を整えたりはしておったから、変な感じにはならんと思うぞ」
厨房から、スオーノの声が聞こえてきました。アリアは「お願いね」と言おうとして、ハッと口をふさぎました。
「ん? どうしたんじゃ?」
チーズを削って鍋に入れたあと、スオーノが戻ってきました。けげんそうな顔をするスオーノに、アリアは首を横にふったのです。
「おじいちゃん、気持ちはうれしいけど、髪を切るのはまだ先になると思うわ」
「どうしてじゃ?」
アリアは答えずに、愛おしそうに自分の青い髪を指でなでつけました。
「一番最後の仕上げに、わたしの髪を切ってほしいの。バッサリ、ショートカットに」
「どうした、なにかあったのか? お前さん、ずっと髪を伸ばしておったじゃないか」
「うん。でも、そうしないといけないの。今、歌姫の髪の毛を作っていたんだけど、どうしてもうまくいかなかった。だけどなんとなくわかったのよ。歌姫の髪の毛は、わたしの髪の毛じゃなければダメだって」
スオーノは驚き、なにか言おうと口を開きかけましたが、すぐに言葉を飲みこみました。
「……本気なんじゃな」
ようやく出てきた質問に、アリアはまっすぐスオーノを見て、それからうなずきました。
「この子は、この歌姫は、わたしの最高傑作になると思うわ。イズニウムの輝きも、日に日に強くなっているし、歌もはっきりしてきている。器の出来も、今までで一番良いわ。きっと最高のイズンになる。だから……」
スオーノはふっと口元をゆるめました。
「わかった。しかし今のお前さんを見ていると、なんだかお前さんが小さかったころを思い出すよ。ソフィアのことは覚えているか?」
ソフィアという名前を聞いて、アリアは恥ずかしそうにほおを染めました。
「もう、おじいちゃん、昔の話じゃないの」
「いやいや、イズニストにとって、一番最初に作ったイズンというものは、思っている以上に大切だぞ。初めてアリアが作った、あのソフィアというイズンにも、確かお前さんの髪の毛を使っていたじゃろう?」
アリアはちょっぴりすねたように、そっぽを向きました。
「昔の話よ。同じ失敗はしないわ」
初めて作ったソフィアというイズンは、完成してからわずか十日ほどで止まって動かなくなってしまったのです。量産型のイズンならいざ知らず、アリアやスオーノが作るような精巧なイズンは、イズニウムを取り換えても再起動するわけではありませんでした。
「……そろそろスープも温まったじゃろう」
スオーノは立ち上がり、再び厨房へ戻っていきました。アリアもほとんど完成していた歌姫の体をそっとなでてから、ゆっくりと伸びをしました。