寄り道とプリン
帰路に就いている、俺と夢葵…
そして…
「夢葵、燎斗がいくら性格が悪いとは言っても、さっきみたいな態度はダメだぞ?」
「はーい。今度から気をつけるね、お兄ちゃん。」
「夢葵は、すぐに反省できて偉いね。」
「うん!」
夢葵はそう言って、可愛い笑顔を向けてくる。
ほんと聞き分けが良くて、夢葵は良い子だと思う。
そしてそんな会話に一段落着いた俺たちは、よく足を運ぶ商店街にある本屋さんへと足を踏み入れた。
店内に入った瞬間…
本と本をしまってある本棚に、俺の視界すべてが占領された。
当たり前の話だが、どこを見ても本だらけ…
右から左まで、視界いっぱいに…
そして、微かながらも本特有の香りも漂ってくる。
たまに見かける老舗ほど、強くはない。
それでも、スンと鼻の奥まで届いてきた。
そんな中を、俺たちは迷わずに進んでいく。
俺と夢葵は別に読書家というわけではなく、本で買うのは漫画や雑誌くらい…
そして、ここは良く来るお店…
で、俺たちは行くコーナーは…
だからいつも通りの筋を進んで、いつものコーナーへと足を運んだ。
そして、漫画を物色していく。
取って、表紙を見て、返す…
これを繰り返していく。
あんまり、こういうことをして本を買ったことはない。
それが、ちょっと本屋さんに申し訳ないなって思ってしまう。
それでも新しい発見というか、目新しい作品に会えた時の驚きからついついやってしまう。
そんな時間を少しの間過ごしたのだろうか…
いつの間にか、少女漫画コーナーへと消えていた夢葵が隣にいた。
「お兄ちゃんは何か買うの?」
「どうしようか…、今のとこは欲しいのないかな…」
「そっか、そういえばっ…」
「うん?」
夢葵は、俺の袖を引っ張り始めた。
そしてそのまま、移動していく。
さっきまでいた場所から一つ横の筋へと、俺は連れていかれ…
そして連れてこられたと思ったら、夢葵はゆっくり横にずれながら何かを探し出した。
俺はそんな夢葵についていく…
そして…
「あっ、これこれ…」
そう言いながら、夢葵は平積み…
表紙を上にして、何冊も重ねられている本を指さした。
「あー、”寸劇の巨人”ね。」
「そう、寸劇寸劇…。お兄ちゃん、16巻で止まってるよね?」
「そういえば…」
確かに、半端で止まっている。
けど…
「夢葵、これ見たのか…?あれ、けっこうグロかったはずだけど…」
「見たよ?グロかった…」
そう言う夢葵は、ほんの一瞬だけ顔が歪んだ。
でも、すぐにいつもの顔に戻って…
「でも、面白かった。」
「そっか…。まぁ、夢葵が気持ち悪くならなかったんならいいや…」
「うん!で、お兄ちゃんどうする?買う?」
そう言って、俺をじっと見つめてくる夢葵の目…
その目はまるで、俺に買えと言ってきてるように見えて…
それに、ほんとしょうがないな…
そういう気持ちが湧いてくる。
だから俺が、わかったよ…
そう夢葵に返事しようと思った、そのとき…
同じ筋にいる人たちの声が、俺の耳に届いてきた。
「あっこれ、すごく人気なやつだよねー?」
「あートゥーピースな。人気だよな。」
声がした方を振り向くと…
そこにいたのは、朱沢さんと柴田だった。
そんな二人は、俺の存在に気づくことなんてなく楽しそうに会話を続けていく。
「どういう話なの?」
「それはな……」
「ふ~ん、そうなんだ…。確か、師王の部屋にあったよね?」
「あるな。今日、読んでみるか?」
「そうしようかな…」
話してる二人…
その二人の距離はやっぱり近く、そして自然で…
この世界のだれ一人として、二人の間には入ってはいけなさそうで…
ただ…
少しだけ、ほんの少しだけ空いている隙間…
その隙間に、俺は夢を見てしまう…
まだ二人は付き合っていないのでは…
もしかしたらこれからもずっと、友達同士なのでは…
そしてその隙間に、俺が割って入れるのでは…
そんなどうしようもない夢…
ありもしない妄想を…
でもそんな妄想が、現実になることなんかより…
二人にほんの少しだけ空いている隙間…
その隙間が、なくなってしまうことの方がより現実的で…
そしてその現実が起きてしまうのは、きっとそう遠くない未来…
もしかしたら、今日なのかもしれない…
そんなリアルな現実…
俺はどうしようもなく、現実を受け止めたくなくて…
でも二人の姿を見ると、受け止めざるおえなくて…
それが、どうしても俺の心を冷たくしていく…
寒くて不安定な場所にでも、心があるみたいで…
ほんの少し…
一つでもきっかけが出来てしまったら、俺は今すぐにでも泣いてしまいそうだった。
だけど…
どうしようもなく、しょうもない俺…
そんな俺を…
引っ張る存在が、今は横にいた。
夢葵が、手を握って俺を引っ張っていく。
その力に、俺は逆らわずに…
逆らうことが出来ずについていく。
本屋を出て…
商店街を出て…
家への帰路、途中のコンビニまで連れていかれた。
そして…
「ここにいて…」
夢葵はそう言うと、一人でコンビニへと入っていった。
夢葵の急な行動に、面を喰らったままの俺…
でも、頭にはさっきまでの光景は残っていて…
まだまだ、心はぐちゃぐちゃのまま…
そんな俺を、夢葵は長いこと放置することはなかった。
さっきコンビニに入ったと思った夢葵は、いつの間にか目の前にいて…
「はい、お兄ちゃん…」
そう言って、プリンを差し出してきた。
「プリン…?」
俺は少し擦れてしまった声で、なんとか声に出した。
「うん。」
夢葵はいつもの可愛らしい笑顔なんかじゃなく、きれいで優しい顔を俺に向けてきて…
「夢葵、食べ比べしたくて…」
食べ比べ…
食べ比べ…?
俺はその言葉の意味を理解するために、夢葵と俺の手元にあるプリンを見た。
すると、違うパッケージだった。
「えっと…」
俺のためらったそんな言葉…
そんな言葉の最中、夢葵はプリンの蓋をはがして…
「食べよ?」
そう言ってきた。
正直言うと、気分じゃなかった。
悲しさで、胃が何も受け付けていないみたいで…
でも、夢葵の優しくて穏やかな顔…
その顔を見ていると、突き進められるように無意識に手が動いた。
蓋ははがした。
でもやっぱり、食べ物を受けつけようとしない胸…
いや心…
そんな俺の目の前で、夢葵は自分のプリンを口に入れた。
「おいしっ!口の中でとけるみたい…」
夢葵の顔は、さっきまでと違うプリンにうっとりしている顔をになった。
そして、俺の方のプリンも掬って口に入れる。
「こっちはプルンプルンしてる!!!」
そう言って、目を光らせた。
もうその顔だけで、俺は癒されていた。
だけど…
夢葵は自分の方のプリンを掬ってから、俺の方にそれを近づけてきた。
「お兄ちゃん。はい、あ~~ん…」
急な夢葵のその動きに、俺は戸惑ってしまう。
だけど、なんとか口を小さく開く…
するとその隙間に、夢葵はプリンの乗ったスプーンを突っ込んできた。
「おいし?」
正直、味がよくわからなかった。
でも…
「甘い…」
これだけは分かった。
「そっか。じゃーこっちは…?」
そう言って…
夢葵は俺の方のプリンを掬ってから、また俺の口に運んだ。
次は、ちゃんと味が分かった。
それにさっき夢葵が言ってた、歯ごたえが違うって言うのも…
でも、正直に言うのがなんか恥ずかしくて…
「甘い…」
「一緒だよ、それ!」
夢葵のその言葉が…
俺には何故か面白くて、ついつい笑ってしまった。
そしてそれに釣られたのか、夢葵も一緒に…
夢葵の笑顔…
確かに、プリンの甘さでも心が癒された気はした。
でもそれ以上に…
夢葵の気遣い…
そして目の前で笑っている夢葵の姿…
その笑顔が、一番俺の心を満たしてくれた…
そんな気がした。