朝と授業
今は2時間目の授業…
まだまだ一日が始まったばかりで本来はみんな元気のはず、なのに…
なのにだ…
ちらほらと、寝ている人たちが見受けられる。
数で言ったら、見えるだけでも5、6人だろうか…
それくらいの人数がすでに夢の世界にいる。
そしてその中には、目の前にいる燎斗も含まれている。
だから、こいつやってんなーって気持ちと…
でもしょうがないよな、って気持ちが湧いてくる。
だって何と言っても今の授業は、世界史の授業なんだから。
良く分からない海外の出来事の話…
それだけでも、眠気が襲ってくる。
それなのに…
世界史のおじいちゃん先生の穏やかな声…
それがさらに、俺たちを夢の世界へといざなう。
まるで子守唄のような声と言葉、そして言語…
本来寝てはいけない生徒にとっては、正に地獄だった。
ようやく世界史の授業が終わった。
俺は何とか、寝ることはしなかった。
しなかったけど…
カクンカクンと頭が揺れたせいで、何度も頭がガクッとなってしまった。
本当に、苦しくて厳しい授業だった。
だけどもしこれが、5時間目の授業…
昼一発目の授業だったら、俺は確実に寝てしまっていたと思う。
もちろん、抗うことなんてしないだろう。
だってそんなの、しても無駄だと分かっているから…
で、眠くなる授業の後の休み時間に何が起きるかと言うと…
少しだけ補足を…
このクラスは6×6の36人教室で、男女が列ごとに配置されている。
例えば、俺たちが座っている窓際の席は男子…
その隣が女子、その次は男子といった感じだ。
そして中央の…
窓際の席から右に数えて3、4番目の列、その後ろから2番目の席…
つまり…
中央の2列の席、その後ろから2番目の2つの席から…
「わー寝ちゃった。師王、ノート見せてー。」
「しょうがないな、星は…」
「えへへ、ありがと。」
こんな声が聞こえてきた。
声の主はもちろん、朱沢と柴田だ。
そして頼られた柴田は、朱沢へと穏やかな顔を向けていた。
だからその光景が目に入ると、心に少し棘みたいなものが刺さった気がした。
まぁでも…
しょうがないしそんなもんだよなって、現実を分かってる俺がいた。
そして忘れてはいけないのが、俺の目の前にも寝ていたあほが…
「幸成、ノート、頼むから見せてくれ…」
片や可愛い女の子から、片やうざったい同性から…
俺と柴田での、この悲しき対比がすごく悲しかった。
そして次の休み時間…
「ちょっと、自販行ってくるな。」
「あっ、私もー。」
そんな言葉を口にした後、教室から去って行った朱沢と柴田…
ほんとお似合いで…
しかも朱沢の方から、グイグイと行ってるようにも見える。
それが…
俺のこの気持ちに、ワンちゃんという可能性もあるようには思えて来ない。
それが寂しくて辛い…
そしてそんな悲しさを、心の中でだけにしまってはおけなくて…
「ほんと仲良いな…」
俺は、そう小さく吐き出した。
そしてその言葉を、燎斗は拾ったらしく…
「だな。聞いた話では、幼稚園からの付き合いらしいな。」
「そっか…」
燎斗の言葉に、さらなる絶望感しか湧いてこなかった。
「あいつの、どこが良いんだ?」
燎斗からの言葉…
どこが…?
それは…
「笑顔だろ。」
「だろうな。」
燎斗からのレスポンスは早かった。
だけど…
「分かってて言わすなよ…」
「はは…、でも、サイズがあれだろ?」
サイズ…
きっと胸の大きさの話…
そして今、俺たちがいるのは教室…
だから燎斗は、直接的な言葉を避けたのだろう。
そして、朱沢のサイズは大きくない…
ないに等s…
いや、その前に…
「サイズとか関係ないから…」
「いやでも大事だろ。」
燎斗はさも当然だろ、という感じの真顔だった。
「ほんとお前は…」
「いや、貧層好きのお前には言われたくねぇわ。」
「はっ!?俺は好きな人のサイズが好きなだけで…」
「ねぇ…」
俺が燎斗へと言い返していた…
このタイミングで、燎斗の隣…
俺の斜め前の女の子が俺たちの方へ振り返ってきた。
そして…
「二人とも、さっきからきもいんだけど…。特に幸城…」
その女の子は黒髪…
いや、ちょっと茶色が入っているかもしれない。
きっとダークブラウンとか、そんな感じだ。
そしてその髪は、長く伸びていて枝毛なんてものはなく…
逆に艶があって、日頃からきっちり手入れしているであろうことが伝わってくる。
顔立ちはきれいの一言…
そして少し目つきがきついせいか、それとも真顔でいることが多いせいでかで、彼女にはきれいでクールという印象がばっちりと噛み合う。
そして、というか…
「俺…?」
俺、そんなきもいこと言ったっけ…?
どちらかというと、燎斗の方が…
それなのに…
「言われてやんの。」
あほがそう煽ってくる。
そしてその顔は、ニマニマとしていてうざい。
でも一旦、あほのことは置いておいて…
「えっと、ごめん。日谷さん…」
「次から気をつけて…」
「は、はい…。でも、そんなにあれだった…?俺的には、けっこう良いこと言ったような気がするんだけど…」
好きな人の胸の大きさが好きになる…
やっぱり、けっこう良いこと言ってるよな…
でも…
「なんかきもかった…」
「そっか…、それは…」
身も蓋もない…
まさに一刀両断だった。
そしてそんなやり取りで、少し消沈している俺の姿を見て燎斗は楽しそうに笑ってくる。
ほんと、こいつは…
そしてとりあえずだが、彼女…
日谷冷夏さんとのやり取りは終わった。
だから彼女は、前へと向き直る…
かと思いきや…
「えっとさ、やっぱりその…、サイズって大事,なの…?」
途切れ途切れの言葉…
そしていつもは真っ白な肌を、今は少しだけ紅潮させてそう尋ねてきた。
視線は俺…
なんてことは当然なく…
燎斗、そして窓の外のどこか…
そのの二か所へ視線を反復させながら…
あーはい。
また出たよ、イケメン効果…
目の前の光景を見て俺は…
燎斗にこう思った。
死ねよ、と…
友人に向ける言葉じゃない?
そんなの知らん!!!
そして肝心の燎斗はというと…
「そりゃーな…」
はっきりそう言って、日谷さんを切り捨てた。
その言葉を受けた日谷さんは…
自分のあまり膨らんでない胸を…
震える自分の手で掴んで、ガクッと悲しそうに頭を落とした。
見ていて無残だった…
さっき、彼女に一刀両断された俺ですら…
燎斗の言葉で落胆している彼女を、ざまぁと思うことすら可哀相に思えた。
燎斗、もう少し手心をさ…
そして日谷さんは、強く生きてくれ…
だって、もうそれ以上大きくなることはきっと…
いや、これ以上は野暮か…
だって、彼女が可哀想過ぎるから…
終わってしまう休み時間の最後に、俺はそんなことを思ってしまった。