朝とクラス
燎斗:やくと
「「「うぇ~い!!!」」」
さて、ここで皆さんにお尋ねしたいことがあります。
そしてそのために、先にだけど今の状況を少しだけ説明させてほしい。
今しがた登校してきた俺と燎斗、俺たちは後ろから教室に入った。
そして俺たちの席は廊下から反対側…
つまり窓際の席だ。
で、窓際1番後ろの席が俺…
そしてその前…
窓際の席の後ろから2番目が燎斗の席だ。
その席に最短で向かうには、当然教室の後ろから入って皆の後ろを抜けていくのが一番楽だ。
楽なんだが…
俺たちが進みたい道先…
その先には…
「「「うぇ~い!!!」」」
言語かどうか怪しい言葉を叫んでいる輩がいる。
輩たちだな…
一人で叫んでいたら、ちょっとやばすぎる。
てか、ちょっとどころじゃ…
いや今俺が話したいのは、どこかにいる奇人たちのことじゃなくて…
今俺たちの少し先にいる、俺の知らない言語を叫んでいる人たちのことだ。
一応、一つ言っておくけど…
俺は彼らのことは嫌いでもないし、未知の言語を叫ぶのは個人の自由だから好きにすれば良いと思う。
でも…
でもだ…
あんな高いテンションの奴らの横を通るのは、少し嫌のものがある。
後ろを通る時に彼らの楽しそうなお話を止めてしまうのは申し訳ないし、だからといってもしあれを強要でもされたらもっと嫌だ。
いや、そんなこと起きないのかもしれないけど…
でも、もし起きたら嫌なんだ。
さてこういう時、みんなだったらどうする?
ぱっと、今俺が思いつくのは3つ…
彼らに構わず、最短ルートである後ろから行く。
彼らを避けるように、狭い席の間を縫って行く。
そして3つ目は…
俺たちは入ってきた教室を出た。
で、わざわざ前に回って…
俺たちは前から教室に入って、席へと進んでいく。
そして席へとたどり着いた。
これだろう…
というか、きっとこれしかないだろう。
だって、これが一番無害な択だったんだから…
でも、やってることが陰キャ過ぎて悲し…
一々気にする必要もないか。
でも明日からは、きっと俺たちは前から教室に入ると思う…
というか、入ろうと思った。
席に着くと…
一番端の席なのもあってか、なんとなく教室を見渡してしまう。
隣には、地味目な女の子…
その前には、きれいだけど寡黙な女の子…
その前には…
そして俺たちとは反対側…
廊下側には、数人からなる騒がしい女性軍…
その少し後方にも、ニコニコと楽しそうに何かの雑誌を見ている女性陣…
既に登校していた、色んな人たちが目に入る。
だけど…
「残念だな、まだ来てなくて…」
低くて落ち着いた燎斗の声…
前を向くと、燎斗はニマーっと腹立つ顔をしていた。
「何のことだ?」
「いや、バレバレだからな。」
「死ねばいいのに…」
「はいはい、そうだな。」
こいつは、本当に性格が悪い…
「燎斗、あんまりうざいと…」
「うざいと…?なんだ?」
「女性陣に、あることないこと言いふらすぞ?」
「はっ!?」
燎斗は大きく目を見開かせて、何度も目をパチパチさせ始めた。
「た、たとえば…?」
そんな状態の燎斗が、そう尋ねてくる。
例えば、か…
そうだな…
「そこら辺にいる女の子たちに、燎斗が君のこと好きだとか言いふらすかな。まずは…」
「えぐ…、しかもまずはって…」
「後はそうだな…、燎斗の好きなタイプに、よく話に出してくるエッツな動画の種類…、どういうネタを…」
「幸成、お前ってほんと良い奴だよな。俺、そこはかとなくお前のあれでそういうとこが良いと思うぞ?」
何故か、俺の言葉の途中で燎斗が割って入って来た。
しかもそれ…
褒めてるのか…
いや…
「なんか褒められた感ないし、やっぱり…」
「すまん、ほんとすまん。頼むから、それだけは止めてくれ…」
「はー、しょうがないな。燎斗がそこまで謝るなら、”今”は止めといてやるよ。」
「今は…。ほんとお前は…」
燎斗は渋い目を向けてくる。
そして、すごく気に食わない目だ。
「何か言いたいことでも…?」
「いえ、ないです…」
俺たちがそうこう楽しく、話していると…
後ろのドアが、ガラガラと大きく鳴った。
たまたまなのか分からないが…
けっこうな数の人が、音のしたドアへと視線を向けた。
「きたな…」
「あ、あぁ…」
燎斗の呟きに、俺は心ここにあらずといった感じの返事を返した。
心ここにあらず…
他のことに気をとられてしまっていたから…
そんな俺の視線の先には…
まるで本当に赤いのでは…?と疑いたくなるような、赤さを含んだ茶髪…
幼い顔立ちと、それに合わせたかのような庇護欲がそそられるような体躯…
そしてその幼い顔には、人を明るく照らすような笑顔があった。
「みんな、おはよ~。」
入ってきた彼女…
朱沢星が、楽しそうに雑誌を読んでいたグループにそう挨拶する。
「「おはよー。」」
「あー何、その雑誌!」
「あーこれはね…」
彼女たちの会話が広がっていく。
明るい彼女が来たことに、そのグループは…
いや、クラス全体の空気が少し明るくなったような錯覚を受けた。
イカロスの話であってただろうか…
太陽に近づきすぎて、燃え尽きたという話。
正直、小学生の頃に授業で読んだだけ…
だから、記憶になんかほとんど残っていない。
たしか…
羽があるから天高く飛びたかったとか、太陽に手が届くと勘違いして…
とか、そんな感じの話だったような気がする。
あいまいで合っているかも分からない、おぼろげな記憶…
でもこれで合っているのなら、彼の気持ちもわかる気がする。
だって、彼女の笑顔はほんとうに太陽の様に明るいと思う。
でも、彼女の横には…
さっき、うぇーいと叫んでいた集団…
そこに、今しがた彼女と一緒に来た…
「よっ、師王…」
「おう。」
「「「うぇーい。」」」
「うぇーい!」
うぇーい軍団に彼…
柴田師王が入っていった。
髪は明るい茶髪…
その髪は、アシンメトリーの長さになっている。
片側はショート、もう片側は少し長さがあるものの清潔さが残るくらいの長さ…
顔全体のパーツはきれいに整っていて、その整っている顔から生まれる笑顔は爽やかで人懐っこい。
「今日も朱沢と登校かよ、熱いねー。」
「ほんとほんと…」
「なー。」
「止めろって。」
彼らのグループで、そんな会話が繰り広がる。
そして止めろって口にしたものの、柴田の顔はまんざらでもないような顔をしている。
つまり…
さっきのイカロスの話…
太陽みたいに明るい朱沢さん…
みんな、彼女に手を伸ばしたくなる。
それほどに、彼女の笑顔は魅力的だ。
だけど、誰が手を伸ばそうとしても彼女へと手が伸びる前に燃え尽きてしまうのは…
彼という存在があるからだ。
そして俺は、今日教室に入る前の燎斗との会話を思い出した。
今朝、俺が見た夢…
その夢に対する燎斗の言葉を…
「チャンス…、だと思うか?」
燎斗への俺からの質問…
その質問に対する燎斗の回答は…
回答に困った様な、ただの苦笑いだけだった。