登校と夢葵
夢葵:ゆあ
家を出た俺と妹の夢葵。
そんな俺たちは、学校への道を二人揃って歩いていく。
春…
日からポカポカとした温かさを感じる。
なのに、俺たちをひんやりとした風が襲ってくる。
温かさと寒さが少しだけアンバランスな時期…
いやそれよりも…
程よい心地よさを調律させている時期、こっちの方が気持ちの良い表し方だろう。
だって響きかだけじゃなく、このポカポカとした心地よさとすごくお似合いな気がするから…
そして俺たちの通学路…
その道は、人も車も往来するようなそこまで大きくない道…
だから当然、車との距離が近くなって怖いこともある。
そんな道の端を、気づいたら俺が車道側になるように歩いていた。
癖って怖いな、そう思いつつ…
でも普通なことか、そう思った。
そして家を出てから少し経った頃…
ギュッ…
急に、俺の手が夢葵の手に握られた。
「何してんの…」
またか…
そう思いながら、俺はニコニコと笑顔な夢葵に尋ねた。
そして夢葵は、そのままの笑顔を向けてきて…
「手握ってる。」
言葉から嬉しそう、幸せそうというのが伝わってきた。
「いや、理由聞いてるんだけど…」
「ん?ただ手、握りたかったからだけど…」
「それ、理由になってる?」
「なってるよ。」
確かになっていた。
なっていたけどさ、俺が求めてた回答とはなんか違うだよな。
そして夢葵は、俺の困惑に気づいたみたいで…
「じゃーねぇ…」
って言葉を足してきた。
じゃーねぇ、って夢葵さん…
「お兄ちゃんの手が冷たそうだったから…?そうこれだ!」
自分で完結してしまったらしい。
さらに続けて…
「しかもこれ、夢葵の手も温もるセット付きだよ?すごくお得だと思わない?」
また始まった…
「お得…、なのか?」
「お得だよ。だって、まだ少し肌寒くて冷たい手を、最愛の妹と手を繋ぐことで解決できるんだよ?こんなの、お得以外の何ものでもないよ。」
「いやもうそこまで寒くは…、それに最あ…」
「じゃー、お兄ちゃん行こうっか。」
おぅ…
どうやら…
手は繋ぎたいくせに、最愛のお兄ちゃんの意見は聞く気はないみたいだ。
ほんとひどい話だよ。
いやもしかしたら、お兄ちゃんのことは最愛ではないのかもしれない。
もしそうだったらお兄ちゃん、少し泣いちゃうかもしれない。
でもまぁ…
「しょうがないな。」
「えへへ…」
夢葵は人懐っこい笑顔を向けてくる。
だから余計に…
しょうがないな…
そんな気持ちが湧いてきた。
あれから5分くらい経っただろうか…
俺たちはまだ手を繋いだままだ。
それが嬉しいのか、夢葵はずっとにこやかな笑顔を浮かべている。
夢葵が笑顔なのは嬉しい。
嬉しいけど…
学校は、もうすぐそこ…
そしてさっきまでと比べて、かなり人通りが増えてきた。
ついでに、人通りのほとんどがYシャツを身に纏った学生…
だからさすがに、周囲からの目がすごく気になりだした。
「なぁ夢葵…、そろそ…」
「嫌。」
早かった…
手を離しての”手”という言葉すら出させてくれなかった。
これが夢葵の未来予知…
初めて見た。
まぁ、あほみたいな冗談はさておいて…
「でも、さすがに恥ずかしくな…」
「恥ずかしくない。」
「そうですか…」
「そうだよ。そもそもね、お兄ちゃんは夢葵の幸せと恥ずかしさどっちが大事なの?」
「それはもちろん、恥ずか…」
「夢葵だよね?だから、このままでいいの。」
「はい…」
やっぱりお兄ちゃんには、発言権がないらしい。
何故だ…
そして、当然周囲には学生が…
だから…
「きゃー、手。あのカップル、手つないでる。」
「朝からすご…」
「あのカップル、男の人の方は顔があんまし…」
「高校生の人が彼氏って、やば…」
「いいなー。」
「熱いね。」
周囲からこんな声が聞こえてきた。
それがより恥ずかしさを…
頬から出る熱をかさましさせてくる。
でもようやく、こんな恥ずかしさとはおさらばできるようだ。
「もー学校…。短いなー。」
夢葵から、そう聞こえてきた。
そしてその言葉の通り、すぐ目の前には校門…
だから、この恥ずかしさとの付き合いもあと少しだ。
少し歩数を進めて、校門の前…
そこで、俺と夢葵は立ち止まっていて…
「夢葵、そろそろ手…」
「ぶー…」
夢葵は不機嫌そうに音を出す。
ここで少し補足を…
俺たちが通っているのは、中高一貫の学校というわけではない。
つまり、夢葵の中学と俺の高校の場所は違う。
ただ少しだけ迂回する必要があるが、家から学校の方角はおおよそ一緒…
だから今朝みたいに、朝一緒に登校というのが俺たち兄弟の日常だ。
そして目の前には、やっぱり不機嫌そうな夢葵。
「そろそろ行かないとさ、お兄ちゃん学校に遅れるからさ…」
「そっか、遅れればいいんだ!」
「おい!」
「じゃー、休む?」
何言ってんだ、こいつ…
ほんと、こいつの兄の顔を見てみたいよ。
さぞかし、お疲れな顔をしているに違いないから…
「夢葵…」
俺がそう呟くと、数拍置いてから夢葵は…
「はーい。」
良い返事をしつつも、名残惜しそうに手を離した。
そしてぱっと顔を向けてきて…
「では旦那様、お勤め頑張ってくださいね。」
そう言った、夢葵の顔は笑顔だった。
切り替えのお早いこと…
「はいはい。」
「もう、もっと気持ち込めてよ!」
「また今度な。」
「言ったからね?」
「たぶんな。」
「ぶー。」
この後俺は夢葵に見送られながら、その場を後にした。