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必要と不必要

 この学校では、クラスで残って勉強をという人が少ない。

 

 それもそのはずで、学生がいる時間帯には常時食堂が解放されている。

 しゃべりながら…

 みんなで勉強をという人は、みんなこぞって食堂に行く。

 

 そして静かに勉強をしたい人は、図書室に…

 そもそも図書室にはしゃべってはいけないというルールがあり、それに加えて…

 そこで勉強したい人たちは、誰もしゃべるなよという空気を醸し出している。

 この二つのルールが、図書室を私語から守っている。

 学校で静かに勉強をしたいのなら、図書室一択になるだろう。


 少し迂遠になってしまったが何を言いたいのか言うと、誰も教室があるだけのこの校舎には残ってはいない。

 そして俺のその認識に間違いはないらしく、目の前にいる彼女のうめき声以外は何も聞こえてこない。

 逆に言うと、ただただ彼女の声が小さく響いているだけだった。


 俺は、そんな赤い髪の彼女に向けて…

 「えっとさ、どうかしたのか…?」

 そう声をかけた。


 その言葉でようやく俺の存在に気づいたのか、赤い髪の彼女は顔を上げた。

 その彼女は真っ赤に目を充血させていたが、やっぱりと言うか…

 ここで泣いていたのは、朱沢星だった。

 

 赤沢さんは顔を上げ、そして残念そうな顔をした。

 まるで来てほしかったのは、俺ではなくて別の人に来て欲しかったと…

 彼女自身が自覚しているのかは知らないが、そう期待していたようなそんな顔を…

 

 だからか、またすぐに顔を足に伏せてから…

 「なんでもない…」

 鼻声まじりの声で、そう返してきた。


 ほっといて…

 一人にしてよ…

 彼女の言葉と声に、そんな感じの気持ちが伝わってくる。


 それが寂しくて、俺の心を冷たくする。

 どうしようもないほどに、俺は彼女に必要とされてないのが伝わってきてしまって…


 でもだからといって、今の彼女を放っておくなんてできない。

 一人泣いている人を置いていけるほど、強いメンタルも気持ちも持ちわせてなんかいない。

 それに今の彼女の姿が、何度もどこかで見てきたような気も…


 そう、既視感がするんだ。

 暗い場所のすみで、小さくなってひとり悲しく泣いているその姿が…


 だからだろうか…

 俺は気づくと、彼女の頭に手を置いてしまっていた。

 そして…

 「いいからさ、どうしたんだ?」

 自分でもびっくりするくらいに、言葉がスムーズに出てきた。

 まるで何度も言葉にしたことがあったかのように…


 すぐに、彼女はびっくりしたように顔を上げた。

 当然、彼女の顔には涙の痕が残っている。

 でもそれと同時に、ぽかーんとびっくりしたような表情を浮かべていた。


 その原因が彼女の頭に置かれた俺の手だと、俺はすぐに気づいて…

 

 「あっ、ごめん。つい…」

 「いや、大丈夫、だよ…」

 「あ、うん…」


 変な時間が流れる。

 何か話さないと…

 そう考えるも、悲しいことに話したことなんてほぼ皆無…

 当然の話で、何を話したらいいか全く頭に浮かんでこない。

 だから唯一今話せる内容は、彼女が泣いている理由に踏みこんで行くものだけだった。


 聞いてもいいのか…?

 

 気づくと、頭の中ではもう別の話題を考えることは放棄されていて…

 今はもう、聞いてもいいかの吟味にかかっていた。

 

 ただやっぱり、彼女の内側に踏み込んでいくのかはすごく悩ましい。

 一度拒絶され、それでもなお行くのか…

 こんな薄い関係で踏み込んでいいのかと…

 

 でも今はお互いしゃべらない、嫌な時間と間…

 ダサくてしょうもないことに、そんなものに背中を押されてしまった。


 「どうかしたのか…?」


 俺のその言葉に、彼女は顔をしかめて迷う様な表情を取る。

 でもきっと、限界だったんだろう。

 彼女は小さく…


 「師王に怒られた…」

 

 彼女の言葉に、やっぱりそれか…

 俺はそう思った。

 そして一度吐き出してしまったからか、彼女からあふれ出るように…


 「星がはっちゃけすぎたの、分かるよ…、わかるんだよ!!!

 でも、でも、でも…

 怒った時の師王、いつもの師王じゃないみたいで…

 すごい怖い顔で、すごい大きい声で…、星の知らない師王で…

 怖くて…、すごく怖くて…、すごく悲かったの。

 なんでもないのに、涙が出て…、泣いちゃいそうで…

 でもみんなの前では泣いちゃうのは悪くて…

 だからもう我慢できなくなっちゃて…

 だから…

 だから…」


 彼女の声は、小さく消えていった。

 そしてそんな彼女に、俺は何て声をかければいいのだろうか…


 大丈夫…?

 大丈夫じゃないから、今こんなところで泣いているんだろ…


 辛かったね?

 そんなの当たり前の話で、彼彼女らのことを知らない俺がそんな分かった風なことを口にするのか…?


 使い勝手の良いだけの言葉は浮かんでくる。

 でも、使い勝手がいいだけ…

 最適な言葉が、最適だと思える言葉が何一つとして浮かんでこない。


 だから俺は…

 「そっか…」

 彼女に対して、こんなしょうもない相槌しか返せなかった。


 目の前にはまた俯いて、小さく丸まっている彼女…

 そんな彼女に対して、何もできない俺…

 ほんとに無力だった。


 そしてそんな彼女を見て浮かんでくるのは、自分のエゴが入った言葉…

 それが少し嫌になる。

 ただ、この静けさもやっぱり嫌で…


 「そんなに…、そんなでも、柴田のことが好きなのか…?」


 俺のその言葉に、彼女は小さく頷く…

 それだけで、彼女の思い人がちゃんと伝わってきた。

 伝わってきてしまった。


 急に…

 ギュッと、心を掴まれたような痛みが走ってくる。

 苦しくて、ただ苦しくて…

 寂しくて…

 今目の前にいるはずの彼女が、俺には届かない遠くにいるように感じれる。

 

 いつの間にか、痛みは消え…

 心の周りにはそれ以外何もないように、ただポツンと俺の心がそこにあるだけに感じた。

 寒くないはずなのに、寒く…

 凍えるように寒く、そして震えていた。


 悲しくて寂しくて辛い…

 それを自覚してしまったら、泣いてしまいそうだった。

 だから俺は、必死に見ないふりを…

 その気持ちを拒否した。


 目の前には、やっぱり泣いている彼女…

 そして今彼女が求めている人…

 必要としている人は、俺なんかじゃなく…


 俺は、息を吸って吐く。

 気持ちを落ち着かせるために…

 言葉を発するために…

 なのに吸う息も吐く息も、震えてしまっている。

 

 それに自覚すると、泣いてしまいそうだった。

 

 俺は強く目をつむり、出てきそうになっているものを必死に我慢する。

 まだ…

 まだ…


 そしてまた、息を吸って吐いてから…

 小さく震えてしまっている声で、彼女に…


 「柴田に連絡しよ?来てって…」


 彼女は、俺の言葉に首を振る。

 でも、俺は彼女に何もしてあげれないし…

 そして彼女も、一人では何もできない。

 なら、呼ぶしかないんだよ。


 「じゃー、俺から連絡しようか…?」

 みんなが繋がってるグループから、彼のを探し出して…


 ただ彼女は…

 「嫌。こんな姿…

 泣いてるとこ見せて、師王心配させたくない…」


 すごく彼のことを想った言葉…

 

 当然その言葉は、満身創痍の俺の胸をチクチクと刺してくる。

 俺ももう、放水しかけだった。

 もう、限界だった。


 俺は立ち上がり、スマホを手にしたとき…

 「おい、幸城。星、知らないか?」

 下の階から、そんな声が聞こえてきた。


 その声に、赤沢さんがピクッと動いたのが目に入り…

 そして声がした方を向くと、俺に声をかけてきてたのは柴田だった。


 赤沢さんの方に顔を向けると、彼女は必死に顔を横に振っている。

 教えるな、ということだろう。

 ただ俺のしぐさに柴田は違和感を感じたのか、彼は階段を昇ってきて…

 そして、泣いている朱沢さんを見つけた。


 「おい、幸城。これはどういうことだ?」


 声色…

 そして、彼の表情は怒っていた。


 ただ、俺が彼に何か言われる筋合いはなく…

 そして彼がその怒りの矛先を向けるべきなのは、彼自身にだろ…

 彼から向けられてくるものに、俺はそうとしか思えなかった。

 

 だから、さっきまで心にあった悲しさとは別のもの…

 怒りが、心の中に浮かび上がってくる。

 そしてそれを発散したくなる。

 

 でも、すぐそこには彼女が…

 だから俺は、自分のそんな醜悪な姿を彼女には見せたくなかった。


 自分の言葉に、何も言い返して来ない俺…

 それに焦れてしまったのか…

 「おい幸城、なんとか言ったらどうなんだ!!!」

 彼が怒鳴り散らしてくる。


 でもすぐに…

 「ち、違うの!!!彼はなんもしてないの…」

 赤沢さんが、柴田の手を取って止めに入った。


 「本当か…?」

 「うん…」

 「じゃ―なんで…」


 二人が…

 たった二人だけで、世界に入っていく。


 俺なんて…

 この場に、彼彼女以外まるで誰一人もいないみたいに…


 浮かんできてしまった怒り…

 そして、俺を背にして自分たちの世界に入ってしまった二人からくる寂しさ…


 どうしようもない気持ちを、俺はどうもすることができず…

 そして目の前の光景をこれ以上見てられなくて…

 

 俺は寂しく、一人この場を後にした。

 

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