トイレと好奇心
いきなり聞こえてきた大声…
俺はその声にびっくりして、反射的に声が聞こえてきた方に顔を向けた。
するとそこは、柴田や朱沢さんがいるグループのテーブルで…
睨みつけるように、日頃の彼からは想像できない怒ったような顔をしている柴田。
そしてそんな柴田に睨まれているせいなのか…
呆気にとられたように、朱沢さんは元から大きな目をさらに大きく見開いている。
その光景から…
きっとさっきの大声が、柴田が朱沢さんを怒鳴った声のものというのが伝わって来た。
そして俺のところまで届いてきたような大声が、俺だけにしか聞こえてなかったなんてありえるはずもなく…
俺と同じテーブルにいた三人はもちろん…
柴田たちが座っているテーブルの周囲にあるテーブルの人らも、柴田たちの動向を見つめていた。
そんな中…
呆気にとられていた赤沢さんは、急いで顔に笑みを浮かべて…
「あ、星ふざけ過ぎちゃってたね。師王ごめんね?」
その言葉を受けた柴田は、すぐにいつも浮かべている爽やかな笑みに戻り…
そして、いつもの平静なときの抑揚で…
「いや、いいんだよ。ちゃんと星が分かってくれたなら。」
「そ、そう?ありがと…」
「あぁ。」
二人は笑顔を浮かべ合った。
二人が平常に戻ったことで興味が失せてしまったのか、彼らを見ていた人たちは次々と興味を失っていく。
それは、目の前にいた日谷さんと清家さんも同じみたいで…
彼女らも、自分たちの課題…
目の前の宿題へと、注意を向け直した。
ただ、俺と燎斗は別みたい…
いや他のテーブルでも、コソコソと何かを話し出した人たちが目につきだしたが…
俺たちもコソコソと小さな声で…
俺は、今は冷静に戻っている柴田を覗きながら…
「柴田が怒鳴るって、珍しいな…」
その言葉に、燎斗も…
「あぁ、めずらしい。何があったんだろうな…」
確かに、何があったんだろうか…
俺たちはずっと宿題に集中していて、彼らの様子を全く見てもいなかった。
だから、どういう経緯かもわからず…
そして日頃の彼の姿からは、何故…
そして何に柴田が怒るのかということが、全く想像できない。
だからただただ、何だったんだろうという疑問だけが浮かび上がってくる。
でも全くと言っていいほど、思考の役に立つ情報がない。
さっきいざこざがあった二人を見てみても、今はチームメイトと熱心に勉強をしていて…
その姿からは、さっきあったいざこざが実はなかったんじゃないかと自分を疑ってしまいそうになる。
だから最終的に言えることは、考えても無駄…
ただこれだけだった。
気にはなるが、好奇心をしまうしかないのだろう。
俺は少し物足りなさを感じるものの…
「勉強、戻るか…」
俺がそう声にし…
そして燎斗も少しつまらなさそうにしながらも…
「だな…」
そう返事をしてきた。
こうして、俺たちは目の前の宿題へと意識を戻し…
そしてそこから10分後、俺たちの宿題は終わりを迎えた。
最期の問題を解き終えた瞬間、燎斗は机へと一気にぐったりとして…
「つかれたー」
「だな。ほんと疲れた。」
「だよな。今回のむず過ぎなんだよ。」
燎斗がそう愚痴ってくるけど、その言葉に俺もすごく同意だった。
「先生の性格の悪さがえぐすぎる。」
「だな。あの先生はほんと…」
燎斗はぐったりとしたままで、笑顔を浮かべてくる。
だらけた姿からもそうだが、きっと宿題が終わったことの解放感がすごいのだろう。
もちろん俺もだが…
そしてそれは俺たち男連中だけではなく…
「終わったね。」
「う、うん。今回のす、すごく難しかった。」
「だね。」
女性陣もこんな感じで、会話が繋がっていく。
もうみんなして、一気に気が抜けたんだろう。
正直もう少しだけ、このままだらだらとした時間を過ぎしたい気持ちが強い。
でも窓の外を見てみると、赤い日が屋内へと潜り込んでいて…
青かった空も、赤い空に浸食され始めている。
もう、かなりいい時間みたいだ。
それを燎斗も気づいたらしく…
「もうこんな時間か…。帰るか…」
燎斗からの言葉、それに…
「だな。」
「うん。」
(コクッ…)
俺たち三人も、同意の返事を返した。
それを合図に、俺たちは帰り支度を始める。
ただようやく気が抜けたからだろう…
ブルル…
尿意から来る、震えが襲ってきた。
「ちょい、トイレ行ってくるわ。」
俺がそう言うと、燎斗は苦笑いを浮かべた。
「はいよ。」
俺はトイレへと向かう。
ただトイレの前には、数人がたむろしていた。
なんでいるのかは分からない。
でも、正直入っていきにくい。
だからしょうがなく、俺は食堂を出て校舎の中のトイレへと向かった。
そして用を足し終え、一人校舎の中を歩く。
歩く道のりは、人がいないだけのいつもと通り変わり映えしない景色。
それはもう一年間も見てきた景色…
だからそこには今更興味を注がれるものなんてなく、俺はなんとなく窓の外を覗いた。
さっき見た時には…
青い空がなんとか赤い空に抗おうとしていたが、もうすで抗争は終わってしまっていて…
青かった空に、薄い赤が入り込んでしまっていた。
その空を、俺はぼんやりと見つめる。
それは、いつも通りきれいな景色…
ただ、もう少しで一日も終わってしまうのか…
そう考えると、寂しさと早く家に帰らないとという気持ちが湧いてきた。
だから俺は前へと視線を戻した。
そしたら…
うぅ…
そんな声が聞こえてきてしまった。
俺は気になって、声が聞こえてきた方…
さっき通った道を見つめた。
ただ声がしてきたのは、その方角ではないらしく…
俺は声が聞こえてきた、別の方へと進む。
進めば進むほどに声は大きくなり、俺は気づくと階段の前にいた。
声の震源地に向かうため、俺は階段を昇る。
一段一段昇るたびに、声が大きく…
そして階段の踊り場…
昇りと下りの階段の中央にある、階段の向きを変えるための小さくないスペース…
その空間の端っこに、声の主はいた。
壁と壁の角に身体を預けて、小さく丸まって…
ただそこの空間には、外からの日は刺してこない。
そのはずなのにそこにいる少女の髪はまるで今も、夕日に照らされているかのような色をしていた。




