頬と帰り道
自宅への帰り道…
俺の少し先には、空き地があって…
そしてその空地の前には…
段ボールと、その中にいるのは捨て猫…
そしてその子猫に向かって…
「ニャー…」
しゃがみながら、そう鳴いている日谷さんの姿があった。
その姿に、俺は…
見てはいけないものを見てしまった…
そう感じてしまった。
日頃は、クールで物静かな彼女…
その彼女が、猫に可愛らしく鳴いてる姿…
俺の中の彼女のイメージが、壊れてしまいそうだった。
だけどきっと…
彼女はこの姿を誰れに見られたくないはず…
だから急いで立ち去らないと…
俺はそう思った。
思ったのだが…
この場から離れるため、俺は来た道へと振り返る。
そして後ろへと振り返ろうとした、その時…
ジャラ…
こんな時に限って、俺の足元からそんな音が鳴ってしまった。
あ~…
やば…
そんなことを心で思いながら、俺は恐る恐る彼女の方を覗く。
すると…
ばっちりと、彼女と目が合った。
ワン…
ツー…
スリーと、静かな時間が経過していく…
その時間は、ただただ互いの目が合っているだけ…
でも、このまま何もしないわけにはいかない。
だから…
「ど、ども…」
俺がそう声をかけると…
バッ…
日谷さんは、しゃがんだ膝に顔を隠した。
そして小さくうずくまった彼女の身体は、プルプルと震えていた。
まっ、そうなるよね…
きっと、触れてはいけない。
そう思って、小さくなった彼女を通り過ぎようとしたその時…
「見た…?」
彼女に、そう声をかけられた。
見た…
当然、彼女の可愛らしい姿の話だろう。
そして当然見た。
見たけど…
正直に見た、そう言える人間では俺はなかったから…
「何も見てないよ…」
「ほんと…?」
彼女が、しつこく確認してくる。
見てないわけないのに…
でも、見たなんて言えない。
「見てないよ…」
「そっか…」
「そうだよ。」
無駄で、無意味なやり取りを交わす。
でも、それに彼女は安堵感を覚えたらしく…
「そう…、良かった…」
そうこぼした。
安心しきった、声と表情だった。
ただ、その彼女の安堵感につい釣られてしまって…
「そうそう。俺、日谷さんが猫にニャーって鳴くとこなんて見てないからね。」
俺の口までも、油断してしまった。
俺のその言葉の後…
何も音のしない時間が、数拍の間過ぎて…
そして…
「俺、何も言ってないから…」
気まずくて俺はそう繕った、けど…
すぐ日谷さんから…
「言った!すごく聞こえたから!!!ちゃんと聞こえたからっ!!!」
こっちを、真っ赤になってしまった形相でそう叫んできた。
そしてすぐ…
「わぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
頭を抱えて、強く悶えだした。
やっちたね…
でもさ…
日頃クールな美人が、ちょっと涙目になりながらの真っ赤な顔…
俺は良い物を見てしまったのかもしれない。
だから…
「ありがとうございます。」
つい、お礼を言ってしまった。
「何がっ!?」
そしてそのお礼は、ちゃんと彼女にも聞こえてしまっていたみたいだ。
「何でもないよ…」
俺は、そう繕った言葉を返すけど…
「何でもないわけないじゃん…」
彼女の、恥ずかしそう声で弱弱しい呟きが聞こえてきた。
そしてその呟きに…
確かに…
俺はそう思ったけど、思うだけにした。
だってさすがに、言葉にするのはどうかと思ってしまった。
すごく今更だけど…
そして何も言わずにただ彼女を見ながら立ちすくんでいる俺に、彼女は…
「幸城…、あんたは何も見なかった?いい?」
強い視線で、そう言ってきた。
でも、まだ頬が真っ赤な顔…
全く、何一つとして迫力がなかった。
その顔は、ただただ可愛いだけという…
「分かった…」
いやいや、無理だから…
俺の心と言葉は、見事に反していた。
まぁ、しょうがないよね。
そして俺が言いふらさないようにか…
彼女は、強い視線で俺を威嚇してくる。
ただ、俺の方が彼女予知身長が高いせいか…
それとも、まだ真っ赤な顔のせいか…
睨んでくる彼女の顔に、ただ可愛いという感想以外は湧いてこなかった。
そして諦めたのか、それとも気が済んだのか…
「幸城は、家こっち?」
そう尋ねてきた。
「そうだな…」
「そっか…」
何を思って、彼女はそう言葉にしたのだろうか…
とりあえず、俺たちは途中まで一緒に帰ることになった。
もう少しだけ続く帰宅の道を歩いていく、俺と日谷さん…
彼女の顔には、さっきまでの赤さはどこに行ってしまっていて…
今はもう、きれいな白い肌で身を覆っているいつも通りの彼女だった。
そんな彼女から…
「幸城、何もってんの?」
日谷さんと帰りの時間をずらすために立ち寄った、ケーキ屋の箱のことだろう。
「さっき、ケーキ買ったんだよ。」
「へー、ケーキかいいね。何買ったの?」
「モンブラン。」
「そっか。じゃー、それが今日のおやつかなんかなんだ。」
「これ、夢葵…。妹のやつなんだよ。」
「へー、そうなんだ。幸城、妹いるんだね。でも、自分のは買わなかったんだ…?」
少し不思議そうに、日谷さんはそう聞いてきた。
「あー、妹の何買うか考えてたら、自分のやつ買うの忘れちゃったんだよ。」
「そっか…。ん?自分の忘れることなんてある?」
「たまにあるよ。」
俺がそう答えると、日谷さんが眉間に皺を作って…
まるで、目の前に信じられないものがあるような眼差しで見つめてくる。
えっ、何その目…
普通あるよな?
可愛い妹へのお土産を考えすぎて、自分の忘れることなんて…
まるで、俺がなんかおかしいみたいじゃん…
そしてそんな俺に、日谷さんが…
「幸城って…、もしかしてシスコン…?」
まるで白い目で、そう尋ねてきた。
え…
「普通じゃない?俺、別にシスコンでも何でもないし…」
「そっか…。まぁ、私に姉妹がいないからそう思っただけか…」
「あー、日谷さんは兄弟いないんだ。」
「いないね。」
「ふーん。妹とか弟とかがいる兄は、けっこうあると思うよ?自分の買い忘れること…」
「そうなんだ…」
言葉ではそうだけど…
まだ、日谷さんは何か納得がいってないらしい。
おかしい…
そして会話が終わってしまって、とうとう気まずい時間が始まってしまった。
し~ん…
お互いが話しかけないから、聞こえないはずのそんな音が聞こえてきそうだった。
何か話さないとな…
そうは思うけど、何を話すかが難しい。
夢葵の話でいいなら全然話すけど…
でも燎斗に、相手に迷惑だから絶対に絶対に止めろって言われてるんだよな。
夢葵の話が、なんで迷惑なんだろうか…
可愛い話が多すぎて、相手も大喜びするに違いないのに…
燎斗って、ほんと変なやつだよ。
さて、燎斗で思い出したけど…
一つだけ、日谷さんに燎斗関連で聞きたい話がある。
ただすごくナイーブな話だから、聞いてもいいか悩ましい。
でも、聞きたいという気持ちが俺の中では大き過ぎた。
「日谷さんってさ…」
俺のその文句に、日谷さんは…
「ん?」
そんな声とともに、こっちを振り向いてきた。
だから俺は、そのままストレートに聞いた。
「燎斗のこと好きなの?」
日谷さんと、ただただ目が合う。
彼女は1回2回と、何度も瞬きを重ねて…
そして…
また真っ赤な顔になった。
「え?そ、べ、あ、#&%’&*+#。」
日頃は何を考えてるか分からないくせに…
今俺の目の前には、すごく分かりやすい彼女がいた。
「やっぱ、そうなんだな。」
「ち、違うから!!!そんなんじゃないから!!!」
彼女は、抗いたいらしい。
必死過ぎて、見なかったことにしようか…
いつもの俺ならそうしただろう。
でもこれは、友人の話…
ここで話を切るほど、俺の好奇心は弱くはないらしい。
「で、なんで燎斗のこと好きなんだ?」
「そんなんじゃないって!」
まだ抗う気らしく…
言葉だけじゃなく、真っ赤な顔でこっちを睨んでくる。
でも、その睨みに効果はなかった。
「ふ~ん。で、なんで?」
「だから…」
「はいはい。分かったから。で、なんで?」
性格が悪いのかもしれない。
でも、気になるもんは気になるんだ。
そして、俺が諦めないことを察したのか…
それとも、騙せないと理解したのか。
彼女は、小さくため息を吐いてから…
「矢代が、私に似てたから…、だと思う。」
彼女は白状をした。
「似てた…?」
「うん。あんまし言いたくないけど、私…、あんまり恵まれた方じゃないの。
たまに、周りが…、クラスのやつらがどうしようもなく馬鹿に…、お気楽に見えて…
ただそんなときに、矢代のことが目に入って…
あー、この人も私と一緒なのかな…、そう思うと、あいつのことが気になり出して…、それで…」
それで…
きっと続くのは、好きになっただろう。
「なるほど…」
「うん…」
なんとなく、彼女の顔を盗み見見てみると…
自分の気持ちを言葉にしたからだろうか…
さっきまでの色んな表情をごちゃ混ぜだった顔は、今の彼女には見て取れず…
頬は、ただただ赤く…
そしてここにはいない誰かさんのことを想っているのだろう…
潤んで淡く澄んだ瞳は、進む道をただ見つめていた。
すごくきれいだった。
俺には、それ以外の言葉が出てこないほどに…
魅力的で…
そして、彼女の恋を応援したいと思ってしまった。
「上手くいくといいね。」
そう言うと、彼女はこっちに顔を向けてから…
「うん…」
そう呟いた。




