登校と敬語
ギュッ…
そんな音が聞こえてきそうなほど、しっかりと手を繋いでいる俺と夢葵。
今は学校への登校中で…
そして当然のように、俺たちは手を繋いでいた。
手から伝わってくる、自分とは違う体温…
その温度は、温かくて優しい…
兄弟同士、だから別に何とも思わない…
でも、俺たち兄弟の絆みたいなものだけは感じ取れた。
それが嬉しいのか、夢葵からは楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。
ランランという感じの楽しそうな声で、その声を聞くと俺もついつい穏やかな気持ちになる。
そんな穏やかな時間を過ごしていた俺たち…
家から学校までの道のりの四分の三くらいを通過しただろうか…
そんなとき…
「よっ…」
「ちっ…」
道の家壁に背中を預けていた、よく知っている男から声をかけられた。
そして横から、舌打ちらしきものも…
でも夢葵は少し変なとこはあるものの、基本は良い子…
だから俺の気のせいだな…
俺は心の中でそう判断した。
「よっ、燎斗。」
「おう。夢葵ちゃんもおはよう。」
「おはようございます。」
夢葵にしては、少し低めの声に感じた。
でも…
ちゃんと年上の人に敬語を使って挨拶できる、夢葵は偉いな…
そんな気持ちの方が、俺の中では強かった。
そして、燎斗は視線を俺たちの顔から下…
握られている手の辺りに向けた。
「二人とも、ほんと仲良いな。」
「そうか?兄弟だし、そんなもんじゃないか?」
「いやいや、そんなわけ…。夢葵ちゃんはもそう思うよな?」
「さぁ、どうでしょうか…」
「あ…、おう…」
夢葵の声はやっぱり低く…
そして燎斗は、眉間のあたりに小さな皺が出来ていた気がした。
でもそれ以上に…
いつもあんなに甘えん坊な夢葵…
その夢葵がちゃんと年上に敬語を使えていることの方が、俺にはやっぱり感慨深い。
だから…
「夢葵、ちゃんと敬語使えて偉いな…」
「うん!」
元気いっぱいの返事…
そしてそこにあったのは、いつも通りの夢葵は満面の笑み…
その顔は、可愛らしくて天使みたいだった。
「なぁ…」
「どうした?」
言いたいことがあるのか、燎斗が話しかけてきた。
それに、俺も聞き返す。
でも…
燎斗は視線を一度どこかへ向け、そして苦笑いを浮かべてから…
「いや、やっぱりいいや。」
そこには、良く分からない燎斗がいた。
どうしたのだろうか…
「お、おう…」
「行こうぜ。」
少し哀愁が漂わせたような、そんな燎斗の声…
その声が、何故そんなに寂しそうなのかは俺には分からなかった。
とりあえず俺たちは、燎斗の言葉に従うように残り少ない中学校への道のりへと進んだ。
中学校の校門前…
そこで…
「お兄ちゃん、学校終わったら早く迎えに来てね?」
ウルウルとしたような夢葵の目…
その瞳は、懸命な思いを伝えてきているみたい…
俺がそれを、無碍することなんてできるわけがない。
だから…
「分かったよ。授業終わったら、すぐに迎えに来るから…」
「絶対だよ?絶対だからねっ!?」
「あぁ…」
俺のその言葉を聞いた瞬間、夢葵はニコッと笑った。
「じゃーお兄ちゃん、気をつけて行って来てね?」
「あぁ、夢葵も勉強頑張れよ?」
「うん!」
夢葵の元気な返事…
そして一応、燎斗からも挨拶するみたいで…
「じゃー、夢…」
「じゃーお兄ちゃん、また放課後にーっ!!」
運悪く、言葉が被ってしまったみたいだ。
しかも夢葵はそれに気づかなかったみたいで、校内へと去って行ってしまった。
俺の横には、半端に手を挙げたままの燎斗…
しかも挙がったその手は…
行くはずだった行き場が失ってしまい、それがそこはかとなく寂しそうで…
そしてその手は、力なく下に落ちていった。
「行くか…」
力の籠ってない燎斗の声…
その声の主の後を、俺はついていく。
「まぁ、タイミングが悪かったな。」
「ほんとにそう思うか…?」
歩くことを再開した俺たち…
そして俺は隣の燎斗にそう声をかけたが、俺と燎斗で何らかの意見の相違があるみたいだ。
「何がだ…?」
「何が…、何がっ!?」
燎斗が、力強く声を張り上げる。
だけどすぐ続けて…
「いいわ、どーせ…」
そう、言葉を失っていった。
でも、そんな言い方をされてしまうと…
「どーせ…、なんだ?」
「いや…」
「気になるから言えって!」
俺のその言葉に…
はぁ…
燎斗は嫌そうなため息をついてから…
「さっきの夢葵ちゃん、絶対わざとだよな?」
「はっ!?あんな良い子の夢葵が、そんなことするわけないだろ!!」
俺はそう力強く…
気持ちを込めて、言い返した。
でもそんな俺を燎斗は…
諦めたような、感情の乏しい目で見つめてきた。
「ほらな…」
諭すような言い方…
でも俺は、それを受け入れられなくて…
「今日は、お前を無視しなかったし…
それに、ちゃんとお前を敬って敬語だっただろ?」
「いや、あれは…
それに今日はって幸成、自分で言ってるからな…」
燎斗がぼそぼそと何か言ってくる…
それが俺には聞こえなくて…
そして燎斗は、俺をじーっと見た後すぐ…
「いいや…
いいや…
もーいいや!!!!!」
発狂しだした。
そんな燎斗の姿に…
大丈夫か?こいつ…
そう思いながら、俺たちは学校へと足を踏み入れた。




