エピローグ
初めましての方は初めましてで
時間としては夜の10時を回っただろうか。
いや、もうとっくに回っているだろう。
始まったのが夜の9時半…
30分以上時間が過ぎていたら、当然の話だが10時を越えている。
そして俺、幸城幸成と…
今対面にいる友人である、八坂燎斗。
俺たち二人が話し始めてから、もうそれくらいの時間は余裕で立っている気がする。
それくらいに、飲み始めてからここまでの間で話に華が咲いている。
そう、飲み始めて…
つまりお酒だ。
今俺たちは、互いに31歳…
同い年であり、そして小学生からの付き合いだ。
一言で言うと幼馴染。
もっと汚い言葉で言うと、腐れ縁だろう。
そして後者の方が、俺と彼との関係を表すのに相応しい。
彼がどう思っているかは分からないが、俺はそう思っている。
そして今は互いに妻子持ち…
だから、たまに飲めるこの時間が俺たちにとって唯一の…
ごめん、一つ嘘をついた。
二人とも嫁…
それどころか、彼女すらいない。
少しだけ、ほんの少しだけ強がりたかったんだ。
だから許してくれ。
まぁ、おじさんの強がりになんて受容なんてないから、この強がりはほんとに無駄だっただろう。
でも、たまに飲むというのは本当の話だ。
二人とも会社員。
だから、月一…
頻度が良いときは、もっと…
それくらいには、二人で集まってお酒を飲んでいる。
そして今日がたまたまその日だった。
少しオレンジ色の照明…
その光は明るい。
ただ、明るいながらもそれはどこか、すでに日が暮れたことを表しているかのように薄暗さを感じ取れる。
きっとただ明るい照明だと、机の上にあるものに俺たちはどこか罪悪感を感じることだろう。
だからそんな罪悪感を感じないために、こんな薄暗い照明の色なんだと思う。
そして俺たちが罪悪感を覚えてしまうもの…
それは、机の上にはビールだった。
小ジョッキが二つ、それとテキトーなつまみがいくつかが机の上にあった。
俺は、机の上にあったジョッキを手で持ち、それを自分の口へとあてがう。
口の中に、勢いよく冷たいものが入ってくる。
俺はそれを、ゴクゴクゴクと飲み込んだ。
口の中に…
味覚へ、慣れ親しんだ苦みが襲ってくる。
初めて飲んだ時は飲めなくはない、だけど続けて飲みたいとは思わなかった。
でもいつからだろうか。
これを旨いと感じるようになったのは…
きっと、味ではなく喉に来る爽快感…
そしてそのあとすぐにやって来る、頭がふわっと軽くなる感覚…
この二つの感覚にやられてしまったのだろう。
つまり病気だ。
自分でもそれは分かっている。
だけど、これがないとやっていけない。
それくらいに、もうこれが生活の一部分になっている。
いや、一部分どころか、大半を占めている。
そう言っても過言ではないかもしれない。
そして俺は、ふわっと軽くなった頭で、頭の中にあった言葉を口にした。
「燎斗は、なんで彼女作らないんだ?そんなうざったい顔のくせに…」
うざったい…
そう、悔しくてあまり言葉にしたくはないが、つまりイケメンというやつだ。
爽やかイケメンみたいに、明るい印象はない。
ただどこか影を感じさせながらも、その顔の造形は整っている。
昔から、こいつはなんやかんやモテている。
羨ま…
くやs…
腹立つ。
そんな感情が湧いてくる。
それくらい、俺から見てもかっこいい。
「うざったいって…。お前…」
うざったい…
俺は言ったその言葉に、なんか思ったみたいだ。
「イケメンは死ね。」
「次はもっとストレートだな…」
そう口にしながら、燎斗は困ったように笑みを浮かべた。
そして…
「ブサイクは大変そうだな。」
落ち着いた、クールな声…
だけど、こいつもこいつで辛辣だ。
というか、こいつの方が…
「誰がブサイクだ、誰が!俺はフツメンだわ!」
「まぁ、及第点でな。」
「及第点…。俺の顔、そんなに悪いのか…?じ、自分ではそんなに悪くないと思ってるんだけど…」
「ちゃんと鏡見た方が良いぞ?」
「おい!それはどいう意味だこらぁ!」
「そのままの意味だが…」
「ぐはっ…」
心に深刻なダメージが…
こう、息を吸うのも苦しいくらいの…
まぁ…
さすがに、冗談って分かっているけどな…
顔を上げると…
俺の寸劇が良かったのか、燎斗は人懐っこい笑顔を浮かべていた。
日頃はクールでそこまで動かない表情が、きれいに口角が上がって…
そして上がった口角から、きれいで白い歯が見える。
ほんと、良い笑顔だこと…
「で、なんで彼女作らないんだ?」
俺は再度、聞き返した。
燎斗は、少し顔に影を作ってから…
「今は、いいわ…」
「やっぱりあれか…。高校の時のあれとか…、それか、あれか。それとも…」
「分かってて聞くなよ。」
「確かに…」
そう、こいつは高校時代に色々と女で嫌なことがあった。
つまり、今はそれが軽いトラウマになってるのだろう。
「イケメンも大変だな。」
「大変だわ。俺も及第点のフツメンに生まれたかったな。」
「おいテメェ、ケンカ売ってんのか?買うぞ?」
「冗談だ、冗談。気にすんなよ、ブサイク…」
「ブサ…。ほんまに買うぞ?」
「ウソウソ。ほんとウソだって…」
「ほんと、お前はってやつは…」
はぁ…
俺は、口から自然にため息がこぼれた。
だけど燎斗は、そんな俺の困り顔を楽しそうに眺めていた。
「ほんとお前、性格悪いな。」
「お互いな…」
燎斗からのそんな言葉…
お互い…
いや…
「俺的には俺、めちゃくそ性格良いと思ってるんだが…」
「寝言は寝てからな…」
ほんとこいつ口悪いな。
どうせなら、一緒に顔まで悪かったらよかったのに…
俺は燎斗を睨む。
すると、燎斗は一度困った様な顔をして…
そしてまるで、さっきのことを誤魔化すかのように…
「幸成さ、そう言えば聞いたか?」
「何を…?」
「朱沢さん…、柴田と離婚したって…」
「はっ!?」
その言葉に、俺の口からはそんな言葉…
そして頭の中では、思考がすべて止まった。
柴田、フルで柴田師王。
高校の時の級友で…
男子女子問わず、皆から人気だった…
すごく優しくてコミュ力お化けの、爽やか顔のイケメンだ。
そして朱沢…
本名を朱沢星。
この子も俺の高校の時の級友で、そして…
当時俺の…
「な、なんで!?」
俺は燎斗から続きの言葉を催促するために、そう言葉にした。
その言葉に一度、燎斗は渋い顔をしてから…
「聞いた話だとDV…、らしい…」
「は…?」
意味が分からなかった。
当時柴田に、そんな印象は全くなかった。
なのに…
「いや、そこまで詳しくは聞いてはないんだけどな、でも最後は相当…、酷かったらしい…」
「な、なんで…」
「いやだから…」
燎斗が続けて何かを言っていた。
でも俺には…
なんで、なんで、なんで、なんで…
どうして…
高校の時の級友…
しかもほとんど、交流はなかった。
だから、考えるための材料が足りない。
いや、そもそも…
急な言葉…
そして、自分にとっては衝撃的なこと…
だから、冷静に考えるのは無理だったのかもしれない。
大それたことなんて考えることができず…
そしてなぜか…
ここで、俺の意識は途絶えた。
さてここで…
忘れられない恋…
皆はしたことがあっただろうか。
俺にはあった。
いや、している…
その方が正しいのかもしれない。
そしてお相手はそう、朱沢さんだ。
交流は薄い…
いや、ほぼないと言っても過言ではない。
でも、ほんの些細なことで、俺は彼女へと恋に落ちた。
つまり、俺の片思いだ。
でも彼女には、ずっと仲の良い幼馴染…
そう、柴田という相手がいた。
だから俺は…
いや、これはいい訳だ。
そもそも話す勇気がなかった。
きっと、そうだと思う。
そうだったんだと思う。
でも、この気持ちだけは本物…
だから一端に、彼女が…
彼女の幸せを願った。
願っている。
なのに…
なのに…
なのに…
どうして…
ただ燎斗から聞いた言葉…
この時俺が思ったのは…
柴田…
あいつが幸せにできないのなら…