第5話 星降る夜に
夜の帳が森を包むころ、小屋の中で目を覚ました少女は、不思議な静けさに包まれていた。
――呼ばれている。
確かな声は聞こえない。それでも、心の奥底で何かがさざめき、少女を外へと導いていた。
肌を撫でる夜風はやわらかく、空には雲ひとつなく、満天の星々が降り注いでいる。妖精たちの姿もなく、森はいつもより静かだった。
「……少しだけ、歩いてみよう」
そう呟いて、少女は小屋を出た。草の露が足元できらめき、夜の森が別の顔を見せている。
森の奥、これまで足を踏み入れたことのない道へ、なぜか迷いなく歩みを進めていた。
まるで、何かが導いているようだった。
古びた木々の間にぽっかりと開いた小さな広場。月明かりと星の光が交差し、淡い銀の光が地面に模様を描く。
そこに、ひとりの青年が立っていた。
彼は、夜に溶け込むように静かだった。けれど、その姿は光に浮かび上がり、少女の目にはまるで星の使いのように映った。
息を呑み、少女は言葉もなく立ち尽くす。けれど、なぜか恐れはなかった。彼の存在が、どこか懐かしく、そして心を落ち着かせるものだったから。
「……こんばんは」
少女がようやく口にした言葉に、青年はゆっくりと振り向いた。
その瞳が、少女を見つめた瞬間――胸の奥が震えた。
何かが、確かに響いた。言葉ではなく、記憶でもなく、魂の奥から何かが目を覚ますような、不思議な感覚だった。
「君を……探していた気がする」
青年は、ぽつりと呟いた。その声は、夜風に溶けて静かに届いた。
少女は、何も言えなかった。ただ、彼を見つめていた。まるで昔から知っていたような、不思議な確信があった。
初めて会うはずなのに、ずっと前から知っていた人のように感じる。この出会いは、どこかで決められていたのだと、少女の胸の内で何かが囁いた。
「……あなたの名前は?」
少女が問うと、青年は小さく微笑んだ。
「リュシオン。君は?」
少女は答えられなかった。自分には、まだ名がない。それを思い出すことも、誰かに与えられることも、まだ果たされていない。
「……ないの。でも、呼ばれた気がしたの。あなたのところへ」
リュシオンは驚いたように目を見開き、それから静かにうなずいた。
「きっと……ここに来るべきだったんだね」
その言葉に、少女はなぜか安心した。名前がなくても、記憶がなくても、今この瞬間だけは確かだった。
星明かりの下、二人はしばし言葉もなく見つめ合っていた。世界にただ二人だけがいるような、不思議な時間が流れていた。
リュシオンがそっと手を差し出すと、
少女は迷うように、それでも引き寄せられるように、その手を取った。
指先が触れた瞬間、空からひときわ大きな星が流れ落ちた。
まるで、今この出会いを祝福するかのように。
――これは偶然じゃない。
そんな思いが、ふたりの胸に静かに灯っていた。
静寂の森に、星が降り注ぐ。
それはまるで、星々がふたりの出会いを見守っていたかのように。
星降る夜――静かに、運命が動きはじめた。