第29話 星の欠片が揺れる時
夕暮れが、村を金色に染めていた。
リュシオンの家の前に吊るされた薬草が、風に揺れて微かな音を立てる。
エルフィナは、祖母から預かった洗濯物を抱えて、裏の川辺へ向かっていた。
穏やかな時間。
水面は鏡のように空を映し、鳥たちが帰り道を辿っていく。
その光景を見ていると、胸の奥に小さな安心が芽生えた。
「……ここが、好きかもしれない」
そう呟きながら、エルフィナはしゃがみ込み、布を水に沈める。
冷たい水が手のひらを包み、指先を通して流れていく。
そのとき――
指先が、ひときわ強く光を返した。
「え……?」
驚いて手を引き上げる。
そこには淡い青白い光が灯っていた。
水滴が輝くのではなく、まるで星の欠片が、彼女の肌の下で瞬いているようだった。
光はすぐに消えた。
けれど、水面にはまだ、波紋のような光の輪が幾重にも広がっていく。
それが現実なのか幻なのか、判断できなかった。
(……私、いま……何を……?)
そのとき、川の向こうで少年の悲鳴が上がった。
「うわっ! 火が……!」
見ると、川辺の草に吊るされていた灯りが倒れ、火が燃え移っている。
リュシオンと人々が駆けつけ、慌ただしい声が響く。
「水を! 早く!」
「子どもが近くに――!」
エルフィナは無意識に駆け出していた。
燃え広がる炎の前に立ち、両手を伸ばす。
恐怖よりも先に、胸の奥から何かが溢れ出す。
――止まって。
声にならない祈りとともに、風が巻いた。
瞬間、炎が逆流するように沈み、星屑のような光の粒となって消えていく。
その場に、静寂だけが残った。
「……エルフィナ?」
リュシオンが駆け寄る。
彼女の肩に手を置いた瞬間、エルフィナの膝が崩れた。
「だいじょ……ぶ……」
声が震える。視界がぼやけ、冷たい風が頬を撫でた。
村人たちは、炎が跡形もなく消えた場所を呆然と見つめている。
そして、誰かがぽつりと呟いた。
「いまの……あの子が、やったのか?」
その一言が、空気を変えた。
安堵と恐れが入り混じるように、人々の視線が彼女に注がれる。
リュシオンは彼女を抱きとめながら、周りを見渡した。
「違う、エルフィナは――!」
けれど、言葉は最後まで届かない。
エルフィナの意識は、もう闇に沈んでいた。
遠のく意識の中で、彼女は見た。
無数の星が流れ、どこか遠くで、誰かが自分を呼ぶ。
――エルフィナ。
――目覚めなさい、星の記憶を継ぐ者。
その声が胸に響いた瞬間、光が弾けた。
次に目を開けたとき、エルフィナは見知らぬ部屋の中にいた。
窓の外には夜が降り、机の上では、長老の杖が青く光っている。
傍らには、心配そうなリュシオンの顔。
「……気がついたか、エルフィナ」
長老の声が、静かに響いた。
「お前の中に眠る“光”が、ようやく目を覚ましたのじゃな」
エルフィナは、自分の手のひらを見つめた。
そこにはまだ、微かに星の光が残っていた。
それが“力”なのか、“呪い”なのか――
このとき、彼女自身にもまだ、わからなかった。




