第21話 記憶なき夢の在処
光の扉を抜けた先は、まるで時の狭間にあるかのような、色も音も薄れた空間だった。
薄霞のような白が、すべてをやわらかく包み込んでいる。
足元に確かな感触はあるのに、どこを見ても地面らしいものはなかった。
彼女はただ、何もないようで何かが満ちているその場所を、静かに歩く。
「……ここは、どこ……?」
問いは誰にも届かない。
けれど、返事のように、足元に一つの光が生まれた。
それは小さな星のようで、ふとした風に乗る花弁のようでもあり……
何よりも、それが“見覚えのある温もり”だった。
少女が手を伸ばすと、それは指先にふわりと舞い落ち、すうっと体内へと染みこんでいった。
その瞬間、目の前に情景が広がった。
——満天の星の下、小さな村の広場。
灯籠に照らされる人々の姿。
その中央で舞う、ひとりの少女。
白い衣。長く流れる髪。
その瞳は、星と同じ光を宿していた。
(……これは、私……じゃない)
でも、知らないはずの懐かしさが、胸の奥で波打つ。
それは前世の記憶とも、ただの幻影とも言い切れない、曖昧な“実感”だった。
ふと、どこからか声が響いた。
「巫女の舞は、星と人とをつなぐ。
魂に刻まれしものを、記憶よりも深く、名よりも確かに伝えるもの――」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
だが、少女はその声を知っていた気がした。
それはかつて夢で見た、誰かの背中。
風の中にいた“あの人”の声。
「私……何かを、思い出しかけてる……?」
彼女は歩みを止めない。
すると、次々と足元に光が浮かび上がっていった。
ひとつ、またひとつ。
光の記憶は、彼女の歩みに反応するように花開く。
——空を見上げる子どもたち。
——夜の帳の中、誰かと手を取り合う自分。
——星に向かって願いを捧げる祈りの声。
どれも言葉にはならず、名前も顔も曖昧なのに、
確かに彼女の中で何かをつないでいく。
「これらは、私が忘れたもの……?
それとも、これから出会う……“私”のかけら……?」
彼女は目を閉じて、深く息を吸う。
静寂の中、星のようにまたたく記憶たちが、そっと彼女を抱きしめるように揺れていた。
そのときだった。
遠くに、もう一つの光が現れた。
今までの光とは異なり、やや強く、芯のある輝き。
少女は引き寄せられるように、それに向かって歩を進める。
近づくと、それは“扉”の形をしていた。
けれど先ほどの光の扉とは違い、こちらには“名前”が刻まれていた。
《リュシオン》
少女は目を見開いた。
「リュシオン……!」
その名は、現世で彼女と出会い、寄り添い、
どこかで“懐かしい”と感じていたあの青年の名。
けれど、その名がここにあることに、少女の胸はざわつく。
「どうして……?」
老書士の声が、遥か彼方からそっと届いた。
「記憶の礫は、魂の共鳴を辿る。
彼もまた、そなたの道の一部であったのかもしれぬ」
少女はしばらく黙って、扉の名を見つめていた。
その名が、これから開かれる新たな記憶を示しているとしたら。
それがただの偶然ではなく、意味を持つものなのだとしたら――
「私は、知りたい。……彼のことも。私たちのことも」
彼女はそう呟き、扉に手を伸ばした。
扉は、何の抵抗もなく、優しく開いた。
——そして、光の向こう側に現れたのは、
懐かしさと切なさが入り混じった、ひとつの記憶の光景だった。
次回、少女はリュシオンにまつわる“記憶の影”へと足を踏み入れる。
それが過去なのか、未来なのか。
いまを生きる自分に、どんな答えをもたらすのか。
まだ、そのすべては星の記録の中にある。




