第19話 記憶の礫の間
静寂に包まれた扉の向こう側、少女はゆっくりと足を踏み入れた。
そこは「記憶の礫の間」と呼ばれる場所。言葉にできない想い、形に成り得なかった祈りの欠片が星の力によって沈殿し、静かに横たわっている空間だった。
足元の石畳は冷たく、古の石壁はその冷気を反射して、どこか凛とした空気を作り出している。
薄暗い空間の中で、少女の瞳はゆっくりと周囲を見渡し、何か言葉にはできないものが漂うのを感じていた。
壁に掛けられた無数の石板やガラスケースの中には、過去の声や想いが眠っている。
けれどそれらは、書き記された文字のように確かな形ではなく、まるで微かな霧のように漂う気配のようだった。
少女の胸は自然と高鳴り、心がざわめき始める。
「ここに眠るのは、どんな人たちの記憶……?」
その問いに答えるかのように、目の前の空間で小さな光の粒がふわりと揺れ動いた。
それは星屑のように煌めき、まるで生命のように息づいている。
少女はそっと手を伸ばし、その光の一つに触れてみる。
指先に伝わる温かさは、まるで遠い誰かの優しい気配のようだった。
心の奥底で、かすかな声が囁く。
それは言葉というよりは、感覚であり、思い出せそうで思い出せない遠い感情。
「叶えられなかった願い……守りたかった記憶……でも、これは誰のもの?」
少女の胸は切なく締め付けられ、知らず涙が滲む。
背後から老書士の穏やかな声が静かに響いた。
「それらは、かつてこの地に生き、そして去っていった人々の魂のかけらじゃ。
時の流れに消されることなく、星の力に守られ、この場所に刻まれておる」
「忘れられた者たちの想いは、言葉にはできなくとも、ここに確かに存在し続けているのじゃよ」
少女は目を伏せ、胸の中に去来する感情と戦うように息をついた。
「私も……その一部になれるの?」
「うむ」
老書士の言葉は重く、そして暖かかった。
「そなたの魂は、この星と深く結びついておる。
そなたの歩みは、過去と未来を繋ぎ、新たな物語を紡ぐことになるじゃろう」
少女はゆっくりと視線を上げ、老書士の眼差しにしっかりと向き合った。
「まだ分からないことばかりだけど、私の道はここから始まるんだね」
老書士は穏やかに頷き、少女の肩にそっと手を置いた。
「迷いはあってもよい。ゆっくりと歩みなされ。
星の記憶は、そなたの心の強さを映し出す鏡となるじゃろう」
その時、空間を包んでいた星屑の光がひときわ輝きを増し、少女の体を柔らかく包み込んだ。
彼女の胸に小さな灯火がともる。
それは、これからの旅路に繋がるかすかな希望の光。
少女は息を深く吸い込み、決意を胸に新たな一歩を踏み出した。
「ありがとう、老書士さん」
「そなたの物語は、まだ始まったばかりじゃ。
これからも、星々の声を聞き、歩みを進めるのじゃ」
静かに差し込む光の中、少女は歩みを止めずに進んだ。
闇と光の狭間で、星の記憶が彼女の背を押していた。
そして、まだ見ぬ未来へと、確かな足跡を残して。
――星の囁きと共に、少女の物語は深く、静かに紡がれていくのだった。




