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眠れる魔法と星の記憶  作者: 咲夜ソラ
第2章 失われた記憶の欠片たち
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第17話 静かな問


星綴の間を後にした少女は、再び記憶の館の通路へと戻ってきた。


外の光はいつの間にか陰り、館の中に差し込む光も柔らかな銀に変わっていた。

まるで、時の流れすらここでは異なるかのように。


 


「……まだ、終わりじゃないんだ」


 


少女はそっと呟いた。

“記録を継ぐ者”――そう呼ばれたとき、自分にはまだ重すぎる気がした。

けれど、それでも不思議と足取りは軽い。


 


館の奥、天井が高く広々とした空間へと足を進めると、そこには大きな円卓と、無数の書が整然と並ぶ書架があった。


中央に置かれた石盤には、星をかたどった文様と、数本の羽根ペンが並べられている。


 


老書士(ろうしょし)が、少女のすぐ後ろに静かに現れた。


 


「ここは“紡ぎの室(つむぎのしつ)”じゃ。星の記憶に触れた者が、自らの言葉でそれを綴る場所よ」


 


「私が……ここで?」


 


「うむ。記録を残すという行為は、ただの報告ではない。

己が何を見て、何を想い、何を受け取ったか――それを“言葉”にすることで、記憶は形を持ち始める」


 


少女は目の前の石盤に手を伸ばした。

指先が、羽根ペンに触れる。


 


だが――書こうとした瞬間、胸の奥に生まれたのは、予想外の“問い”だった。


 


(私は……なぜ、名を失ったのだろう)


 


星々に呼ばれた者。


記録を継ぐ者。


けれど、その“始まり”を、少女はまだ知らなかった。


 


「老書士……私の名前が、空白である理由は、私自身がそう望んだものだったのでしょうか?」


 


沈黙が数秒続いた。


 


やがて老書士は、ゆっくりと答える。


 


「それを知るために、そなたはここへ来たのかもしれぬな。

記憶は失われるものではなく、“眠る”ものじゃ。

そして、時として、自らの意思で眠りにつくこともある」


 


少女は顔を上げた。


 


「じゃあ、私は……何かを“忘れたかった”?」


 


老書士はそれには答えず、ただそっと一冊の書を差し出した。


それは、真っ白な表紙に、星の銀糸が縫い込まれた手帳だった。


 


「これは“白の書”と呼ばれるものじゃ。記録の継ぎ手が自らの物語を綴るための器。

星の館に許された者にだけ与えられる、特別な書じゃ」


 


少女はそっと受け取り、手帳を開いた。


最初の数ページは空白。だが、その奥に――ひとつだけ、誰かの手によって書かれた言葉があった。


 


『名を持たぬあなたへ

 ――私も、かつてはそうだった』


 


少女の指が震える。


 


「これは……」


 


老書士は静かに微笑んだ。


 


「この館には、何人もの者が記録を求めて訪れた。

そなたが“唯一の存在”ではない。

同じように空白を抱え、答えを求めた者が、確かに存在していた」


 


そのとき、少女の中に新たな感情が芽生えた。


孤独ではない、ということ。


名がないということは、決して無ではなく、“物語の余白”なのだと――


 


少女は再び羽根ペンを握り、真っ白なページを見つめた。


言葉にならない想いを、どう綴るべきか。


 


だが、彼女はつぶやく。


 


「私は、まだ知らない。けれど……知りたい。

私が誰だったのか。何を見て、何を選び、そしてなぜ、ここに辿り着いたのかを」


 


星の光が窓辺に差し込んだ。


 


少女はその光に照らされながら、白紙のページに小さく、一行を綴った。


 


『私はここにいる。まだ名はない。けれど――心は確かに、ここに在る』

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