第13話 星を読む者たち
アステリカの朝は、静かに始まる。
森の緑に包まれたこの村では、鳥の声が鐘の代わりになる。
少女は小さな宿舎の一室で目を覚ました。
粗末ながらも清潔な部屋。木の香りがほのかに漂い、心を落ち着かせる。
起き上がると、窓の外に広がる村の景色が目に入った。
苔むした石畳。低く連なる家々。空には、まだ星の余韻が残っている。
少女はその光に見とれながら、昨日の出来事を思い出していた。
記憶の館。
老書士。
そして、星の記録が映した、名も知らぬ過去の光景――
「……ここに来て、よかった」
胸の奥で、かすかに湧き上がる思いがあった。
それは、自分が本当に“ここに在る”と感じられる、確かな感覚。
戸を開けて外に出ると、村人たちはゆるやかな朝の支度をしていた。
特別なことは何もない、けれどどこか温かい風景。
老書士の言葉が、ふと脳裏に蘇る。
――“そなたが歩む道が、その答えを紡ぐ”。
少女は今日も記憶の館へ向かった。
館の扉は静かに開かれ、あのひんやりとした空気が彼女を迎えた。
昨日と同じように老書士が待っていた。
「おはようございます」
少女が小さく頭を下げると、老書士は微笑みながら頷いた。
「よく来たのう。心が揺れるときこそ、星の言葉に耳を傾けるのがよい」
老書士はそう言って、昨日と違う巻物を少女の前に広げた。
それは、黄金の糸で綴じられた美しい装丁だった。
「これは“星詠みの書”と呼ばれるもの。星の軌跡と魂の関係を記した記録じゃ」
少女はゆっくりとその書に手を伸ばし、ページをめくる。
不思議な図形、意味のわからない記号、そして流れるような古語。
けれど、どこか懐かしくも感じる。
「……読めません。
でも、なぜか、言葉が心に入ってくるような……」
「それでよいのじゃ」
老書士は静かに語った。
「言葉とは、ただの記号ではない。
星の記録は、魂で読むものじゃよ。思い出すためではなく、気づくために――」
少女は目を閉じ、本の言葉を胸で感じようとした。
すると、不意に胸の奥で何かが微かに震えた。
それは名を持たぬ感情。
誰かの声。
そして、遠い夜空に見た、幾つもの星の輝き。
「……私、知ってる。……この光」
思わず、そう呟いていた。
老書士は少女をじっと見つめたまま、頷いた。
「その感覚を大切になさい。星の記録は、そなたの中に残る“灯火”を照らすもの。
それは、時が来れば、道を示してくれるじゃろう」
少女は、まだ知らぬ自分に出会うため、星の書を読み進めた。
古い言葉。星の運行。魂のゆらぎ。
それらすべてが、今の自分とどこか繋がっているように感じられた。
一冊、また一冊。
時間を忘れて書に没頭しながら、彼女は少しずつ――確かに、変わり始めていた。
夕暮れが近づく頃、館を出た少女は、村の高台に登った。
そこから見える空は、金色から薄紅に変わりつつあり、
遠くの山並みが影を帯びていた。
彼女はゆっくりと目を閉じて、風の中に身を任せる。
その胸には、ひとつの確信があった。
――ここで、私は何かを取り戻しつつある。
そしてきっと、その“何か”は、名前だけじゃない。
もっと大切な、魂の核のようなもの。
少女はそっと胸に手を当てた。
「……明日も、行こう」
小さな声が、夕暮れの風に乗って消えていく。
でもその声は、確かに“前へ進む”決意を宿していた。
彼女の旅は、いま静かに、深く――続いていく。
星々が、再び空に灯る頃。
少女は空を見上げ、そっと呟いた。
「私は……まだ、始まったばかり」
そして、夜がゆっくりと村を包んだ。




