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眠れる魔法と星の記憶  作者: 咲夜ソラ
第2章 失われた記憶の欠片たち
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第12話 記憶の館にて


記憶の館の重い扉がゆっくりと閉まると、辺りはひんやりとした空気に包まれた。


少女は一歩一歩、慎重に足を進める。


ここには、忘れられた魂たちの記憶が眠っている。


そして、彼女の心の奥底にも眠る何かが目覚めるのかもしれない――そんな期待と不安が入り混じっていた。


 


館の奥には、古びた石の台座があり、そこには白い布が丁寧にかけられている。


案内役の老婦人はゆっくりと歩み寄り、その布をそっとめくった。


布の下に現れたのは、銀色の縁取りが施された、ひときわ古い石板。


 


刻まれた文字や紋様は、淡く青白い光を放ち、見る者の魂を引き込むようだった。


少女は息を呑み、石板に近づく。


 


そのとき、静かな足音とともに、もう一人の人物が現れた。


穏やかな微笑みを浮かべた、白髪混じりの老書士(ろうしょし)だった。


 


「よくぞここまでお越しになった」


 


その声は低く落ち着いていて、重みと優しさが混じり合っていた。


少女は驚きながらも、老書士に一礼した。


 


「これは……?」


 


少女の問いに、老書士はゆっくりと語りはじめる。


 


「これは“星の記憶”というものじゃ」


 


「星の動きと、人の歴史を織りなす記録じゃよ。


ここに眠る文字や紋様は、過去の出来事だけではなく、魂の記憶すらも映し出すという伝承がある」


 


少女は震える手で、ゆっくりと石板に指を触れた。


 


その瞬間、視界が揺れ、空間が波打つような感覚が胸の奥に広がった。


 


――かすかな光の粒子が胸の中で踊り出す。


 


彼女の脳裏に浮かび上がるのは、断片的な映像。


青い空。


遠い昔の風景。


そして、誰かの呼ぶ声。


 


だが、その記憶はまだ朧げで、はっきりとした形にはならなかった。


 


「まだ、焦る必要はない」


 


老書士は優しい目を少女に向けた。


 


「記憶というものは、急ぐと迷いを生むもの。


魂が準備できるまでは、じっくりと待つことが重要じゃ」


 


少女は不安そうに目を伏せる。


 


「けれど、このままでは……」


 


少女の言葉を受け、老書士は穏やかな声で答えた。


 


「“空白”は決して無駄なものではない。


それは、新たな自分を紡ぐための余白じゃ。


過去と未来、どちらも繋ぐ大切な時間なのじゃよ」


 


少女はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸った。


 


「私の名前も、記憶も……いつかここに刻まれるのでしょうか?」


 


老書士は静かに頷いた。


 


「うむ。


そなたが歩む道が、その答えを紡ぐ。


いつの日か、この石板も新たな輝きを放つ時が来よう」


 


少女はもう一度、石板に手を伸ばした。


今度は迷いはなかった。


 


小さな光が彼女の指先から体内へと流れ込み、胸の奥に温かな炎が灯った。


 


「ありがとうございます。


ゆっくりでも、前へ進みます」


 


老書士は優しく微笑み返した。


 


「そうじゃ。


その歩みこそが、そなたの名と記憶を輝かせる源となるのじゃからな」


 


少女は館を出て、柔らかな朝の光が差し込む石畳の道をゆっくりと歩き始めた。


 


森の緑と風が包み込むように迎える。


彼女の胸の中には、小さな希望が芽吹いていた。


 


それは、まだ細く儚い光。


けれど、確かなものだった。


 


「名もなき私。


けれど、これから歩む道は、きっと――」


 


言葉を飲み込みながら、少女は前を見つめた。


 


「――私のものになる」


 


胸に手を当て、深く息を吸う。


 


彼女の旅は、まだ始まったばかり。


だが、その一歩は確かな希望を秘めていた。


 


星の記憶と共に。


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