第11話 星紡ぎの村
朝の光が小屋の屋根を照らし、木々の隙間から柔らかな金色が差し込んでいた。
少女はまだ夢の余韻に胸を震わせながら、静かに目を開けた。
「……四日目、か」
独り言のように呟いた声が、森の静けさに吸い込まれていく。
リュシオンと出会った夜から、四日が経った。
小屋に戻った翌日、村の場所を訪ねると、シエラはあっさりと答えた。
「この森の東。星の記録を継ぐ者たちの村――アステリカよ」
少女は、心に浮かんだ言葉を確かめるように口に出してみた。
「アステリカ……星の、村……」
シエラは頷いた。
「彼らはね、空の動きと星の記録を代々守ってきたの。
森に隠されたその村で、あなたの記憶に通じる何かが見つかるかもしれない」
その言葉に導かれるように、少女は今日、小屋を出た。
森の道は、朝の露でしっとりと湿っていた。
鳥たちのさえずりが心を落ち着かせる。
だが、その胸の奥には、どこか張り詰めたものがあった。
――自分はこの先で、なにかを知るかもしれない。
――それは、望んでいたこと。でも、少しだけ怖い。
足を進めるたび、そんな想いが交錯する。
しばらくして、森の木々が途切れ、小さな石畳が顔を出した。
視界が開けると、そこにはひっそりと広がる集落があった。
低く重ねられた石造りの家々。
屋根には苔が生え、古い時を語っている。
だが、家々の窓からは灯りが漏れ、人々の気配があった。
村――アステリカ。
星と記録を守る者たちの地。
少女が足を踏み入れた瞬間、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
それは森の香りではなく、インクや紙の、古びた書物の匂い。
「……ここで、私は……」
ふと、何かが胸に疼いた。
そのとき、小柄な老婦人が近くの家から現れ、少女に気づいて目を細めた。
「まあ、旅の子かい? こんなところに珍しいねえ」
「えっと……はい」
緊張しながらも、少女は礼を込めて頭を下げる。
「迷っているのかい? それとも、何かを探しに?」
少女は少し迷ってから、ゆっくりと答えた。
「……名前を、探しています。自分の……名前を」
老婦人は目を細め、しばし黙ってからふっと笑った。
「なるほどね。そういう子も、ときどき来るんだよ。
この村はね、そういう“忘れ物”を拾いに来る人が、たまに現れるのさ」
そう言って、老婦人は手招きした。
「さあ、おいで。君が来たってことは、記録守りの老書士に呼ばれたのかもしれないね」
少女はその言葉に、なぜか胸がざわついた。
“老書士”――どこかで聞いた気がする。いや、夢の中だったかもしれない。
老婦人に導かれながら、少女は村の奥へと歩みを進める。
石畳が緩やかに続くその先に、ひときわ古びた建物があった。
入口に掲げられた小さな木板には、星の印と共に、こう記されていた。
『記憶の館 ― 星の言葉、眠るところ』
少女の鼓動が早くなる。
「ここが……」
老婦人が微笑んだ。
「そう。ここで多くの者が、かつての自分と出会う。
君もきっと、何かを見つけることになるよ」
少女は、戸口に手をかけた。
その瞬間、胸の奥から、かすかな声が聞こえた気がした。
――おかえり。
なぜか、そう囁かれたような気がして、少女は目を見開いた。
まだ何も始まっていない。けれど、確かにこの扉の向こうには、“記憶”がある。
少女は深く息を吸って、扉を押した。
そして、星々の記憶が眠る部屋へと、一歩を踏み出した。




