エヴァの初恋(スープの森スピンオフ)
「じゃ、エヴァ、お使いをお願いね」
「はい、奥様。いつもありがとうございます」
私がお使いを頼まれてお礼を言うのは、いつも多めにお駄賃をいただいているから。大地主の奥様は、こうやって困窮している私をこまめに助けてくださる。
私の住んでいる村からマーローの街までは、早足で一時間半。往復するのは楽ではないけれど、現金をいただけるのはありがたい。
「では行ってまいります」と歩き始めてから空を見た。西の空に黒い雲。
「雨が降りそう。急がなくちゃ」
お使いを済ませてさあ帰ろうとしたところで、急いだ努力もむなしく大雨に降られた。慌てて一番近い『リカルドベーカリー』という小さな店の軒下に飛び込み、雨が上がるのを待った。
けれど雨も雷も激しくなるばかり。
地面からの跳ね返りで布製の靴はもうグショグショだ。吹き付ける雨はスカートとブラウスを重く湿らせている。
店の窓ガラスを振り返ると、特徴のない茶色の髪と茶色の瞳の、目立たない顔立ちの私が困った顔で映っている。十九歳だというのに、疲れた農民でございますという姿だ。色気も華やかさもない。
身体が冷えてきた。
店主らしい男性がこっちに向かって来た。店を覗いていると思われたのだろうか。慌てて前を向いた私に、男性はドアを開け、声をかけてきた。
「よかったら中で雨宿りしませんか」
「あっ……はい。ありがとうございます。でも」
「そこにいては風邪をひいてしまいます。どうぞ中へ」
「はい、では……お言葉に甘えて」
男性は黒髪に黒い瞳の、二十代くらいの人。優しそうな笑顔で私を招き入れてくれた。
(風邪を引いて寝込めば、その分収入が減ってしまう)という不安から、私は利用したことのない店に足を踏み入れた。店の中は乾いていて、暖かで、いい匂いに満ちている。
(長く雨宿りをしたら、何かしら買わないと失礼よね)
雨宿りをさせてもらったお礼にパンのひとつも買うのが大人の礼儀だろうとは思うが、パンを買うだけのお金を持ってきていない。自分の持ち金の少なさが情けない。
濡れた布靴も、ブラウスとスカートも冷えて寒い。靴のつま先が気持ち悪い。
(お願い。早くやんで)
一番安いパンさえ買うことがままならない自分が申し訳なく、恥ずかしくて、私は窓から外を眺めたまま雨が止むことを願いながら立っていた。
「どうぞ。座って。お茶をいれますので、飲んで温まってください。この雷と雨じゃ、当分誰も来ませんし」
「ありがとうございます」
「僕はこの店を一人できりもりしています。リカルドです」
「ご丁寧に。私はエヴァと申します」
勧められた店の端の椅子に座ると、すぐに熱いお茶が出された。受け皿には小さなクッキーがひとつ載せられていて、私はますます申し訳なく思う。
「あの、私、奥様に頼まれたボタンを買いに来ただけで、その……その……」
「え? ああ、お茶と試食用のクッキーですから、お代はいりません。遠慮しないでください」
「そうですか……。では遠慮なくご馳走になります」
ぺこりとお辞儀をして飲んだお茶は、素晴らしくいい香りと味だ。普段自分が作って飲んでいる野草茶にはない華やかな香り。甘みさえ感じる奥深い味。赤い色が美しいと思いながら飲んだ。
「とても美味しいです」
「奥様って、どこのお屋敷ですか?」
「ブロウ村の大地主の奥様にボタンを買ってくるよう頼まれたんです」
するとリカルドさんがほんの少しだけ険しい顔をした。
「あんな遠くからボタンを買いに? それは……大変ですね」
「いえ! 奥様は私に小遣いを渡す理由が欲しくてお使いを頼んでくださるのです。お優しい奥様で、ありがたいです」
「そう」
リカルドさんの表情が見覚えのあるものに変わった。亡くなった両親が「エヴァはいい子だねぇ」と言うときの表情にそっくりだった。
(こんな表情、両親と奥様以外で初めて見る)
遠くで光っていた雷が、よくよく近くまで来た。カッと光ると同時にドオンと雷が落ちる。思わずビクッとしてから、慌てて平静を装った。
そっとリカルドさんの方を振り返ると、私が怖がったことを笑うでもなく、リカルドさんは優しく笑いかけてくれた。
「今のは近いですね」
「はい。びっくりしました」
「雨、なかなかやみませんね」
「長居してしまって、申し訳ありません」
「いえ、気にしないで。僕が入ってほしかったのですから」
(こんな優しい人も世の中にはいるのね)
胸の中が温かい。この人はこのお店と同じ、ほっこりと優しい雰囲気の人だ。
雷雨はしばらく続き、唐突に通り過ぎた。
私は何度も礼を述べて店を出た。小さな丸いクッキーは食べずに、そっとハンカチに包んで持ち帰ることにした。ここで食べてしまうには惜しかった。
奥様は「こんな天気のときにお使いを頼んで申し訳なかった」と謝り、「エヴァが帰ってくるまで、もう、心配でたまらなかった」と繰り返した。「そんな。雨宿りしましたので、大丈夫でしたから」と言う私の手に、奥様が硬貨を握らせた。
「はい、お駄賃だよ」
「銀貨? いえ、それでは頂きすぎです」
「こんな雷雨の中をお使いに行ってくれたんだ。私の気持ちだよ」
そう言って手渡された銀貨を、私はお礼を述べてからありがたく受け取る。
次の日、畑で野菜を収穫しながら、(来週、あの銀貨でパンを買おう)と思った。今、私は少しだけ心が弾んでいる。
働いて眠るだけの生活に、小さな楽しみができたのが嬉しい。
一週間後、その銀貨を持ってリカルドさんの店に向かう私。
店には二人ほど先客がいたが、リカルドさんは私を見て、(あっ)という顔をした……と思う。私は迷うことなくパンを指さした。
「白パンと黒パンをひとつずつください」
「はい。では大銅貨一枚と小銅貨四枚になります」
銀貨を手渡し、おつりを受け取る。リカルドさんが「この前は……」と言いかけたところで、先客がパンを注文し、会話は途切れて私は店を出た。
(この前は、の続きは何て言うつもりだったのかしら)
途切れた言葉の先を想像して歩く帰り道は楽しくて、私はひとり微笑んだ。
それからは奥様のお使いで貰うお駄賃は、全部リカルドさんの店で使うことにした。
私は十九歳。恋にもおしゃれにも縁遠いまま、一人で暮らしている。両親は、先の流行り風邪であっけなく旅立ってしまった。
(私が大人だったのが、せめてもの救いよね)と、運命を受け入れて生きていたけれど。しみじみと(楽しみがあるって、素晴らしい)と思う。
「白パンをひとつと、黒パンをひとつください」
「かしこまりました。毎度ありがとうございます」
私は週に一度の休みの日、マーローの街へ出て『リカルドベーカリー』でパンを買う。農園の雇われ作業をしている私にとって、街で売られているパンは高級品だ。
(それでもいいの。生きていくために、楽しみは必要よ)
贅沢をしている、と自分で思うたびに、心の中のもう一人の自分が私をかばう。
リカルドさんの店に毎週通うようになって、もうだいぶたった。
毎回同じ白パンひとつと黒パンひとつ。代金を払う間に少しだけおしゃべりをする。天気のこと、農作業のこと。ウサギを見たこと、小鳥の雛が巣立ったこと。
他のお客さんがいるときはおしゃべりを我慢して(また来週)と思いながら笑顔で店を出る。
ある日、畑でブドウ摘みの仕事をしている私の耳が、雇われている女性たちの会話を聞きつけた。
「私の親戚の娘がね、秋にマーローの街のパン店に嫁ぐんだよ。知ってる? リカルドべーカリーって店」
「ああ、知ってるよ。黒パンしか買ったことないけどね」
「私はあそこの白パンを一度だけ食べたことあるけど、ふわふわで美味しいんだ」
「あのっ!」
普段、ほとんど無駄口を利かない私が話しかけたので、おしゃべりをしていた二人は驚いた顔になった。いつもならそこで怯んでしまう私なのに、今は必死で我を忘れていた。
「リカルドベーカリーの御主人が結婚するんですか?」
「そうだよ。私の親戚の娘がどうしてもって親に頼み込んでさ。なんで? あのパン屋さんの御主人を知っているの? 顔は取り立てていい男ってわけじゃないけど、優しそうだよね」
「そ、そうですね。一度雨宿りさせてもらったことがあって」
「ふうん。小さい店だけど、リカルドさんの両親はもう亡くなってるからね。いい話さ」
「そうでしたか。ご結婚おめでとうございます」
どうにかそこまで言って、私はブドウ摘みに専念した。頭を太い棒で殴られたようなショックを受けたけれど、仕事をしなければ賃金は貰えない。指先に心を集中させ、私はブドウを摘み続けた。
私の初恋は、相手に知られることなく幕を閉じた。滑稽なのは、恋が破れて初めて、自分が恋をしていたことに気がついたことだ。十九にもなって、自分の恋にも気づかなかった愚かな私。
「馬鹿よね。これでもう、パンを買いに行く理由がなくなっちゃった」
私しかいない家の中、声に出したら余計に静かなことを気づかされる。何もかもが悲しくて胸が潰れそうだ。
ハンカチに包んで持ち帰った小さなクッキーをそっと口に入れた。クッキーは古くなっていたし、湿気を吸って柔らかくなっていた。
甘くてバターの味がするクッキーを、涙と一緒に食べた。
リカルドベーカリーに行くのはやめた。リカルドさんに私の気持ちを気づかれていませんようにと祈る。リカルドさんの話を聞きたくなくて、あの女性たちには近寄らないようにした。
夏が終わり、秋も過ぎて、冷たい風が吹く冬が始まった。
「エヴァ、寒い中悪いけど、また街までお使いに行ってくれる?」
「はい。何を買ってきましょうか」
「リカルドベーカリーでパンを買ってきてほしいの。自分の家で焼く黒パンもいいけれど、たまには柔らかい白パンが食べたいのよね」
思わず固まってしまう。リカルドさんに会いたくない。
もう結婚したであろうリカルドさんの顔を見るのがつらい。
(毎週のようになけなしのお金でパンを買って帰る私の気持ちをリカルドさんに見抜かれていたかも)と思うと、緊張で心臓の動きが速くなる。
「嫌かい?」
「いいえ。行って参ります。白パンを何個買えばいいですか?」
「六個頼むよ」
「はい。承知しました」
重い足どりで街に向かう。
(会いたくない。行きたくない。でも断る理由がない)
同じことを繰り返し考えながら歩く。以前は楽しく歩いていた距離が、今日はとても長く感じられる。
「ううん。大丈夫。私は買い物に行くだけ。白パンを六個買って、お金を払って帰る。あっという間に終わるわよ」
けれどリカルドベーカリーの直前で足がすくんだ。
「やっぱり会いたくない。惨めな思いをしたくない。他のお店で買って帰ればいいわよね。奥様にはお店が休業していたと言えばいい……わよね」
店の前で少しの間立ち尽くしてから他の店に向かおうとした。すると私の背後でドアの開く音が。気がついたけど、気がつかないふりをした。足早に歩き出した私の背後から、走ってくる足音。そして……。
「エヴァさん! 待って!」
私の名前を初めて呼ばれた。
驚いて立ち止まり、恐る恐る振り返ると、以前と変わらない笑顔のリカルドさんが立っている。
(この笑顔、やっぱり好き。私ったらなんて諦めが悪いのかしら)
そう思ったことは全力で隠して、精一杯の笑顔を作った。
「お久しぶりです。私、奥様のお使いで……」
「パン、買いに来てくれたんでしょう? 違ったかな」
「あ、はい、そうです」
「だったら、さあ、どうぞ。入ってください」
リカルドさんに促されて、ゆっくりと店に入った。店内は相変わらずいい匂いが満ちている。今日は他に客がいない。奥様に渡された布袋を渡して注文した。
「白パンを六個、お願いします」
「はい。白パンを六個ですね」
リカルドさんがニコニコしながら布袋に白パンを詰めている。私はその様子をぼんやり眺める。袖をまくった腕の筋肉が、動作のたびにくっきり浮かび上がる。
(きれいでたくましい腕ね)と思うのと同時に、その腕で花嫁さんを抱きしめているリカルドさんを思い描いてしまった。
幸せな結婚生活をしているリカルドさん。
小さな家で一人暮らしをしている貧しい私。
(なんてつまらない人生だろう)と思ったら涙が出そうになったけれど、必死に涙を抑え込んだ。いきなり泣いたら怪しい人だ。
お金を払いながら、せめてもの笑顔でパンの袋を受け取った。
「では失礼します」
「あの!」
ビクッとしてしまった。何を言われるのだろう。
「なんでしょうか」
「うちにパタリと来てくれなくなったから。ええと、その、エヴァさんに何かあったのか、それともうちのパンに問題があったのかと……心配していました。エヴァさんが遠くから僕のパンを買いに来てくれていることに、僕はとても励まされていました。いや、エヴァさんがどうしようと自由なんです。僕が勝手に……その」
リカルドさんが、言葉を探すように目を忙しく動かしている。
私はなんと言えばいいのか。あなたが結婚したと聞いて悲しくて来られませんでした、と言うわけにいかない。私が沈黙してると、リカルドさんは急に慌て出した。
「すみません、お客さんのことをあれこれ詮索してしまって。不愉快ですよね。今のは忘れてください」
「不愉快だなんて……そんなことありません。パンはいつも美味しかったです」
「そうですか。それならよかった」
会話がそこで終わった。もう帰ろう。でも最後に大人の女性として、初恋を上手に終わらせよう。全力で優しく微笑んだ。
「ご結婚なさったと聞きました。おめでとうございます。お幸せに」
「結婚? 誰がです?」
くるりと背中を向けた私に、リカルドさんの驚いたような声。だめ。期待するな。笑顔で立ち去れ。私の初恋は終わったのだ。初恋をきれいに埋葬しろ。ゆっくり振り返り、ここに来なかった理由を静かに説明しろ。最後まで笑顔だ。
「リカルドさんが秋にご結婚なさると聞きました。私がここに来られなかったのは、農作業が忙しかったからです。それだけです」
「いや、待ってください。僕は結婚していません。そういう話はありましたけど、お断りしました。この店は……まだ家族を養えるほどの売り上げがあるわけじゃないんです」
「えっ」
どうしよう。私、なんて言えばいい? リカルドさんが私を見ている。嬉しそうだ。その笑顔はどういう意味ですか。私の初恋、もしかしてまだ生きて息をしているのですか?
「エヴァさん、ブロウ村は、冬の間……ええと」
リカルドさんは耳を赤くして言葉を探している。なに? なにが言いたいの?
「ブロウ村から来ていること、よく覚えていましたね」
「ええ、そりゃ……。農作業は冬も忙しいんでしょうか」
「いいえ。春が来るまで、わりと暇です」
「じゃあ……うちで働きませんか? 日払いの賃金、たくさんはお支払いできないけど。でも、お使いのお駄賃よりは出せると思います。どうでしょう」
初恋は死んでいなかった。まだ生きていた。
「はい。ぜひ! ぜひ働かせてください。私、掃除が得意ですけれど、掃除以外も教えていただければなんでも頑張ります」
「よかった! パンの作り方を教えますから、簡単な種類から始めてもらえますか?」
「パンも? 教えてもらえるなんて夢みたいです。 嬉しい……」
こうして私は冬の間、リカルドベーカリーに通うようになった。往復三時間は苦にならない。リカルドさんは優しくて親切だ。普段はほとんど人としゃべらない私だけれど、リカルドさんのパンを買ってくれるお客さんだと思うと、全てのお客さんがありがたい人に思える。私は精一杯の笑顔で接客している。
パン作りも一番簡単な丸パンから作り始めて、今は三種類のパンを任されるまでになった。もちろん、リカルドさんの見ている前でだけ作るし、焼くのはリカルドさんだ。それでも私が作ったパンを買ってもらえるのは、とても誇らしい。
けれど楽しく心浮き立つ冬はもうすぐ終わる。春になったら私には農作業が待っている。春風が吹き始める前に、ちゃんと終わりの挨拶をしなければ。
「リカルドさん、私、そろそろ農作業に戻らなくてはなりません」
「もうすぐ春ですもんね。ねえエヴァさん、このままうちで働きませんか。ぜひそうしてほしいです。エヴァさんが来てくれるようになってから、お客さんが増えました。仕事が丁寧で、愛想もよくて、パン作りの作業も飲み込みが早くて。じゃないな。ごめん、僕、口下手で。僕が言いたいのは……」
リカルドさんが真っ赤だ。額の汗を何度も拭いている。
「エヴァさんと一緒に働きたいし、エヴァさんと一緒に暮らしたいってことです」
(私と? 一緒に暮らしたい?)
落ち着け。これはおそらく住み込みの話じゃない。
「僕と結婚してくれませんか? 僕はあなたが毎週パンを買いに来てくれて、エヴァさんと少しだけおしゃべりするのが楽しみでした。ピタリと顔が見えなくなって、がっかりして、寂しかったんです。会えなくなってから自分の気持ちに気づきました。だから、ブロウ村の大地主さんの奥様に、エヴァさんのことを聞きに行きました。元気にしているかどうか、どうしても知りたくて」
はい? ブロウ村まで? 奥様に?
「地主の奥様は、あなたのことを絶賛していました。陰日向なく働く気立てのいい子だと。ご両親を亡くしたあとも、必死に働いて暮らしていると。そのとき、『エヴァのことを気に入っているのか』と聞かれました。だから『そうです』と答えたんです。そうしたら、奥様が……」
「奥様はなんて?」
思わず聞いてしまった。
「奥様は『無口で引っ込み思案の娘だから、客商売に向いているかどうかわからない』と心配していました。『まずは店で雇って、街の客商売に馴染むかどうか見てやってくれ』と頼まれました。『私はエヴァに無理強いしたくない、エヴァには幸せになってほしい』って」
「奥様がそんなことを……」
「ええ。エヴァさんが客商売に馴染めないようなら、あなたに働き者の農夫を薦めるつもりだと言っていました。だから僕、必死でした。エヴァさんにこの店の仕事を好きになってほしくて、それ以上に僕のことを気に入ってほしくて」
私は我慢できずに顔を覆ってしまった。
「えっ、なんで泣いているんですか。そんな気持ちの僕と働いていたのは気持ち悪かった? だとしたらすみませんっ! 許してくださいっ!」
「違います。私……嬉しくて」
急いでハンカチを引っ張り出して涙を拭いた。
「私、毎週このお店のパンを買いに来ていたのは、リカルドさんに会いに来ていたんです」
今持っている全ての力を使って告白した。その先は言えなかった。リカルドさんの綺麗な筋肉の腕に包まれてしまったから。
「そうだったんだ。よかった。よかった! 僕、これで断られたら、もうエヴァさんは二度とこの店に来てくれないだろうと思って、昨夜は全然眠れませんでした」
◇ ◇ ◇
私はリカルドさんと結婚した。奥様が結婚式でずっと泣いていた。
「エヴァ、あなたが幸せになれてよかった。私はずっとあなたのことを心配していたのよ」と繰り返して。
リカルドベーカリーはたくさんのお客さんに恵まれて、繁盛している。
私は五種類のパンを任されるまでになった。
今、リカルドさんの綺麗でたくましい腕に包まれているのは、初めての恋を実らせることができた私だ。
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