5.子育ては実践経験がすべて
塔の中でも中央の魔王城より離れた場所に位置する場所へと来ていた。
今ほど転移陣のありがたさを感じたことはない。
塔へ向かうための階段もあるのだが、好き好んでタワマンほどの高さの場所へ向かうのに、階段を使おうと思う者はいないだろう。
魔王城の中にある設備で一番便利だ。これは重宝するものになるだろうな。
前世の家電のように故障とかもあり得るのだろうか。
その場合は主に俺の足腰の死活問題になるので、定期的なメンテナンスをしておきたい。
塔の部屋は程よい広さだった。
ちょうど前世に住んでいた一人暮らし用の賃貸マンションくらいだろうか。
掃除のことを考えればこれくらい手狭な方がいいのだ。
過去一度、円盤型自動掃除機を使ってみたが、俺が何度か蹴飛ばしてしまったり、つまずいてコーヒーをこぼしたりと、俺とは相性がものすごく悪かったため掃除は自力でやっていた。
つい先ほど、落ち着かないほどの広くギラギラした部屋を見たからか、簡素な作りであり、石造り特有の無骨な感じが落ち着く。
「うむ、いい部屋だ。気に入った」
「気にいる部屋が見つかりよかったです。
では、この部屋の説明をいたしますね。
まずはここには隠し部屋がありまして、こちらの壁部分に手をかざしますと」
そういってチェスターが何の変哲もない壁へと手をつく。
すると目の前にあった石壁の一部が一人分通れるくらいに開いた。
「おお!」
俺のテンションは最高潮になる。
何度も言うが俺は秘密基地のような場所が好きなのだ。
隠し扉! 隠し部屋!
最高だな!!!!
「こちらの階段から塔の先端部分、屋根裏へ行くことができます」
「さっそく行こう」
食い気味に答える俺に、チェスターにも俺のはやる気持ちが伝わったのだろう、長い付き合いであるからこそ分かるくらいに笑った。
「上部は物置部屋になっていたため少し埃っぽくなっております。
少し手狭ですが、ベッドや机を置く分の広さはありますね」
なるほど。ロフトみたいなものか。
「置いてあった物品はすべて倉庫の方へと移動し、現在リストを作成中です。
後ほど入り用の物がありましたらそちらを確認していただければお持ちいたします」
「わかった。毎回助かるな」
「とんでもございません。ゼノ様のお力になれることが私の喜びですので」
下の部屋に戻り小窓から外を眺めると、思った通り遠くまで見渡せる。
中でも少し離れた場所に位置するからか、魔王城を斜め横から見えるのが良かった。
「塔の部屋に住むといえば、有名な話があったな」
「どのようなお話でしょう?」
俺も詳しくは知らないが、プレッツェルみたいな名前だった気がする。
「塔に住むお姫さまが、自分の長い髪を使って、塔の上まで王子を招く話だった気がする」
「ほう、何と強靭な髪をお持ちでしょう。成人男性一人分を支えるとは、その姫の戦闘スタイルは髪を使ってのものでしょうか?」
「いや、そんなお姫さまが戦う話ではないのだが。
隠れて相引きするような感じだったと」
「ゼノ様がこの塔を選んだのはその真似をするためで?
ご伴侶のことでしたら、ゼノ様が選んだ方であれば私ども一同喜んで迎え入れるので、隠れて相引きをする必要はございませんが」
いや、確かに結婚より先に子どもができてしまったが、だからといって結婚を急ぐこともない。
そもそも俺には今恋愛をする余裕はないのだ。
子育てのこともあるし、仕事のこともある。
手一杯なのだ。
それに、一番重要なことは。
「真似は絶対にしない。絶対にだ。
頭皮は大事にすべきだからな。これには歳とか関係ない。全てに置いて長年の積み重ねがものを言うだ」
頭皮へのダメージしかり。
ああ、そういえば前世の妹も肌へのダメージが、とか言っていたな。日焼け止めは後のシミを防ぐために若い時からケアをすべきだと。
「若いからといって油断をしてはいけない。そういった怠慢が後に影響を及ぼすのだ」
「なるほど。さすがはゼノ様です。少しの怠慢も許さない高尚なお志し、私も学ばせていただきます」
「ああ、チェスター。お前もよく心しておくといい」
「為になるお言葉、よく心に留めておきます」
そう、腹心の部下であるチェスターの髪が失われてしまったら、毎日目に入ってしまう私も悲しいからな。
共に頑張ろうな! チェスター!
「では、お子のああああ様が大きくなられたとき、そのようなことにならないよう気を配っておきましょう」
今から子どもの恋愛ごとを気にかけるとは気が早いと思うのだが。
そもそも日常生活でそんな長さの髪は邪魔にしかならない。
そんな長さになる前に髪を切るだろう。
「ゼノ様がはじめての子育て、それに女児で過保護になるお気持ちは分かります。
そのため、人族に詳しい魔族の中からお子様の教育者に相応しい者を選んでおります。赤児の今からでも英才教育を行うに遅いことはありません。
ゼノ様のお子に相応しく、気高く強い女性になるよう、かの有名な女傑であるミリア様に打診したところ快く引き受けていただきました」
え...?! 女児!?
そうなの!?
余計に名前が申し訳なくなってきた...。
「ミリアというのは、桃幻街のミリアか?」
確かにミリアならば何度か仕事の依頼を受けて会ったことがある。
気前のいい姉御肌な感じだったな。彼女なら信頼できる相手だ。
「はい。ミリア様ならばサキュバスという種族柄、様々な種族の生態にお詳しく、さらにミリア様含め彼女の下には有数の女魔族が揃っています。
ちょうどミリア様の配下の者に子育て経験が豊富で、出産を終えたばかりの、乳母として適任の者がいるとのことです。
その者も合わせて紹介したいとのことでした」
チェスターはスパルタのようだ。俺の教育方針とはズレているが、魔界で暮らすにはある程度の強さは必要になってくる。
「俺はあまり我が子に強さは求めていないのだが...。まあ、そこらの者には負けない程度の強さがあれば十分だ。
それよりも、のびのびと自由に育ってくれればと思っている。
俺の知っている言葉で、たしか女の子は蝶よ花よと育てるのだったか」
正直、蝶よ花よの意味はよく知らないのだが。
前からよく聞く言葉なのだから子育てに大事な言葉なんじゃないのかな。
「蝶と、花、ですか。了承いたしました」
「それと、早めにその乳母となる者に会ってみたい。
子が産まれたばかりとのことだ。その子が俺の子の幼なじみ、友人となってくれればありがたいことだからな」
子育て経験が豊富な者なら、間違いなくこの城にいる者たちより子どもを任せるに相応しいだろう。
俺も本は読んだが、実践となると全然違かった。
この前は粉ミルクで粉塵爆発を起こしてしまった。
咄嗟に自分と赤ん坊に防御障壁を張ったが、自分の子育てスキルの低さに絶望した事件だった。