28.正体と提案
長い小言も終わり、シアは念願の至福の時を迎えていた。
「ふわぁああ~なにこれぇ~。さいっこーー!!」
お湯に全身を浸らせて四肢を伸ばす。温泉を知る者は皆一様に素晴らしいという評価しかしていなかったが、これは批評できるはずもない。確かに、温泉! 素晴らしい!!
「あとはお風呂上がりに牛乳かー。さすがに牛乳はないからヤギ乳でもいっか」
ピコン。
「あ、通信だ」
過保護に育てられ守られていたシアは城の外の常識に疎かったが、さらに情緒にも疎かった。
躊躇いなく通信許可を選び、温泉は濁り湯だとは言えほぼ裸も同然の姿で通信側の相手と繋がった。
「父様聞いて! 私今温泉に『全員今すぐ目を塞げーーー!!!』入ってるんだけど...」
父様ーーゼノの声が盛大に鳴り響き、後ろでファルルのあらあらと言う声が聞こえた。
「何が起きた?! 知らない者の声が聞こえたが、無事か!!?」
「シア様、ご無事ですか? 返事がないようであれば危機と判断しこのまま失礼します」
「えっ、ああ! うん、大丈夫!! 父様から連絡が来たから通話してただけー! 心配しないで!!」
「はぁ?!! どこで通話しているんだ!!?」
『待て! 今の声は誰だ!!?
婚前前に温泉旅行だと?!
認めないぞ!!!!!!
相手はどんな奴だ!!』
「あ、旅の途中で会ってね。一緒に温泉探ししてくれたんだよ。ちょっと待ってて今紹介するね」
「『ちょっと待て!?』」
まだ見ぬゼノとアルフレッドの心からの叫びが一致した瞬間だった。
「ひとまず皆さん落ち着いてください。シア様も紹介なら後ほどでお願いいたします」
一瞬で混沌と化したこの場を収めたのはクレイグの落ち着いた一声だった。
シアも温泉から上がり、こほんと画面の向こうで先ほどまで取り乱してしまったのを正すようにゼノが咳払いをする。
『では気を取り直して。
初めまして。俺はシアの父、ゼノと言う。今回の経緯は娘から話を聞いた。先ほどは誤解してしまい申し訳ない』
画面に映るゼノの姿はシアと同じ色彩を持つ姿が現されている。
これはレナードの技術で画面上に映る色を変換して違う色へと見せているだけで、城にいるゼノ自身の色彩は元の黒のままだという。
「こちらこそ初めまして。誤解が解けたのなら何より。
僕の名前はアルフレッド。シア嬢には温泉という物を教えていただき、温泉が見つかるまで行動を共にしておりました。シア嬢は実に博識だ。おかげで僕たちは有益な情報と温泉を見つけることができました。
お礼と言ってはなんですが、シア嬢を我が家へ招待しもてなしたく思います。
貴殿ともお互い友好な関係を築けたらと思っているのですが、いかがでしょう?
ーー魔界の者、破炎のゼノ殿」
「!」
アルフレッドがゼノの名を出した瞬間に、シアは腰に履いた短剣を取り出してアルフレッドの頚へと狙いを定めて振りかざす。
軌道がアルフレッドの首元へと届く前に、軌道は強制的に横へと受け流される。
「パール!!!」
シアの呼びかけにパールはすぐさまブレスを遠慮なく浴びせかけた。
シアは相手がブレスに気を取られたその隙に後ろへと飛び、自身の攻撃を弾いた者から間合いをとる。
ブレスで一瞬隠れた姿もすぐに火の粉を振り払うかのように一振り薙ぎ払うだけで掻き消された。
防犯アイテムの警報が鳴り響いている。
先に手を出したのはシアからとはいえ、警戒レベルに達する相手が目の前にいるーーいや、現れたと言った方がいいのだろうか。
戦闘時でもなく完全に油断している状態で自分の攻撃を弾くことができるのは、城でもカインやハミルトほどの強さを持つ者くらいだ。シアはそこら辺の者には余裕で勝てる自信はあるが、彼らほどの強さを持つ相手にはまだ到底敵わない。
シアが間合いを取りつつもこの場の緊張感に汗がつたった時だ。ゼノの言葉がシアに伝わった。
『シア、彼に敵意はない。落ち着け』
シアにとって父様のゼノの言葉は絶対だ。緊張は解かないままではあるが、短剣を腰にある鞘へと戻す。
シアが落ち着いた様子を取り戻したのを見てゼノは続ける。
『俺と友好関係を結びたいならあまり娘を揶揄うような真似はやめていただこうか、ローゼンクリシュタイン国王、アルフレッド・モンドラゴン14世。
そして噂程度で直接見たことはなかったのだが、君は天使族の者だな』
天使族は戦闘能力に長けてはいるが滅多に地上に降りてこない稀有な種族だ。地上の者に関心がなく、自分たちこそが選ばれた種族だと信じてやまず、非常に自尊心が高い。そんな天使族が誰かに仕えるなど信じられないことだ。
シアの攻撃を防いだクレイグが、光をより合わせたかのように鋭く細い剣を横に払い亜空間へと仕舞い込む。アルフレッドを覆うように広げていた翼は光の粒子となって消えていった。そしてまた何事もなかったかのようにアルフレッドのすぐ後ろへと控える。
場違いなほどの不遜な笑い声をあげてアルフレッドは不敵に笑った。
「そちらも全てお分かりのようだ。それならば話が早い。
ユーフウェイル王国が魔界への侵攻を計画しているという噂はご存知かな?
我々と手を組み、隣国ユーフウェイルの王座を奪おうではないか」
ローゼンクリシュタインの若き王は舞台役者のように、大仰な身振りも合わせて口上のように高らかに一国を傾ける提案を持ちかけた。




