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本棚の森に、ふたり

 果たして昼飯を終えて会計に立った俺たちに向けられる視線がどんなものであったかは想像したくない。

 自意識過剰だといわれればぐうの音も出ないが、それはそれとして公衆の面前で食べせ合いなんて真似をしたことは確かで、白雪のどんな願いも聞くとはいったが気恥ずかしいものは気恥ずかしいのだ。

 とうの白雪は会計を終えるなり、どこか満足げに俺の左腕にしがみついていた。全く、いい表情してやがる。


 ああ、会計は割り勘だったよ。


「本当なら奢ってやりたいとこなんだがな」


 甲斐性なしと詰られそうな気もするが、ない袖は振れないといったもので、俺が金欠気味……というか普通に金欠なのを白雪も知っていたからか、選択肢を出すより早く自分の会計を済ませてしまったのだ。

 一応そういう急な出費も想定して多めに持ってきてはいるが、そういうところで気を遣われるのもなんだか微妙な気持ちだ。

 白雪が優しいといえばそれはそうなんだが、なんだかその優しさにもたれかかってるみたいでな。


「……い、いえ……っ、わ、わたしの食べた分は……わたしが……! こ、九重君に、そ、その……あ、あんまり……甘えすぎてもダメ、ですから……!」

「……そうか」


 その割にさっきから左腕に柔らかくてあたたかい感触が三つほど伝わってきてるんだがな。

 白雪の基準がライトノベルなのはわかったが、どこでどう線を引いているのかはまるでわからん。

 甘えすぎてもダメだと言ってる割に距離感ゼロだしな。慣れたは慣れたが、なんというか、なんだ。


「……こ、九重君……?」

「……いや、なんでもない」


 本当に自己申告通り、九十オーバーはありそうだな、なんて考えてしまいそうになる自分が情けない。やっぱり得しないだろあの話。

 落ち着け。白雪の距離感がバグってるのはいつものことなんだからいつも通りにしていればいい。

 場所が変わっただけの話だ、それで問題はない。オールグリーンだ。


 なんの益体もない煩悩を振り払うように首を左右に振って頭を冷やしたところで、俺は次の予定の確認をする。

 映画館と昼飯が終わったら図書館だったな。

 スマートフォンのリマインダーに打ち込んでいたそれを空いてる右手で確認して、ここから図書館までの経路を地図アプリに表示させる。


「結構歩くが……平気か、白雪」

「……は、はい……こ、九重君と……一緒に、お散歩……できるって思うと……嬉しい、です……」

「……そうか」


 そういえば白雪の趣味、散歩もだったな。

 読書と料理はなんとなく想像がつく……といったら偏見だと突っ込まれそうだし、アウトドアな趣味を持ってることが意外だと思ってるのも同じ括りといえばその通りだ。

 散歩といっても結構幅があるとは思うし、俺もたまに気分転換にその辺のコンビニまで歩いたりはするが、白雪はどれぐらい歩いているんだろうか。


「……しゅ、趣味っていっても……そ、そこまでほ、本格的じゃ……ない、です……よ……?」

「別に趣味が本格的である必要もないだろう」


 白雪はそう言って、謙遜しながら可愛らしく小首を傾げた。

 趣味で店に出せるレベルの料理作ってます、だとか、趣味でプロに迫る演奏ができます、とかそういうのがインターネットには転がってるが、あれは例外中の例外だ。参考にするもんじゃない。

 というか参考にしていたら身がもたない。前もいったが、上見て歩きすぎても首を痛めるだけだ。


「……そ、それも……そう、ですね……じゃ……じゃあ……わ、わたしの趣味ですから……お散歩……」

「いい趣味だな」


 趣味と実益を兼ねて勉強してることを除けば、趣味らしい趣味がワンコインの中古本漁りしかない俺よりはよっぽど健全だろう。

 自炊もどっちかというと義務感に近いからな。我ながら人生楽しくなさそうだとか他人に言われそうな枯れっぷりだった。

 放っておけ、学生の本分は誰がなんと言おうと勉学なんだよ。


「……な、なんでもあります、ね……都会、は……」

「そうだな……」

「……わ、わたしの……す、住んでるところにも、と、図書館はありますけど……あんまりおっきくない、ですから……」

「俺の街も似たようなものだ」


 一応俺たちが住んでいる街も括りの中では都会なんだろうが、やはり都心とは比べものにならない。

 娯楽にしろ公共施設にしろ、結局色々な事情で中心地に集約されていくものだからな。身も蓋もないことをいえば金だ。

 そんな場所に電車一本で通えるだけありがたいといえばありがたいんだろうが、な。


 そんなこんなで他愛もない話をしながら歩いているうちに、いつの間にか俺たちは図書館の前までたどり着いていた。

 入学式の帰りに下調べで立ち寄ったことはあるが、やっぱりデカいな。

 最近建て直したのか、建物の造りも新しい。中までは流石に入ってみなければわからんが、勉強する気分を変えたい時に、散歩も兼ねてふらっと立ち寄れそうな位置にあるのも悪くなかった。


「……わぁ、き、綺麗……」

「……悪くないな」


 白雪が小声でそう囁いたように、内装も暖色系の明かりに照らされたモダンで清潔感がある空間が広がっていて、読書や勉強に没入するのにはもってこいだ。

 一旦それはさておくとしよう。

 とりあえず初めて利用するから、本を借りるにしろ借りないにしろ、利用者カードを作らなくちゃならん。


 俺たちは「初めての方はこちら」という立て看板の案内に従う形で受付に並んで、渡された紙に簡単な個人情報を書き込む。

 名前とか住所とか、そんな定番のものだな。

 隣の白雪は猫背になりながら相変わらず可愛らしい丸文字で自分の名前と住所、電話番号を書き込んでいた。


「身分証明書の類はお持ちでしょうか?」

「学生証でよければ」

「……わ、わたし……も……が、学生証……」

「はい、大丈夫ですよ」


 受付の女性は柔らかい営業スマイルを形作ると、促すように掌を差し出す。

 俺は財布から抜き取った、白雪は定期入れとセットになった──俺と白雪の関係の始まりになったそれだ──を提出した。

 懐かしいな。結局あのとき、なんで俺は白雪の定期入れを拾いに戻ったのかは今でもわからないが、多分その選択は間違ってなかったんじゃないかと思えてくる。


「はい、確認いたしました。カードを発行するまでしばらくお待ちください」

「ありがとうございます」

「……ぁ、ありがとう……ございます……」


 そこに根拠もなにもありはしない、理屈とはかけ離れた直感的な確信の欠片。

 らしくないと、そういわれても否定はできない行動の結晶。

 それが、今の俺たちを結びつけている。人がきっと、縁と呼ぶ奇妙な鎖が。


 カードの到着を今か今かと待ち望んで、どこかそわそわとしている白雪を見ながらふっ、と小さく笑う。らしくないな、本当に。


「お待たせしました、どうぞごゆっくり、当館をご利用くださいませ」


 受付の女性がぺこりと腰を折って、踵を返した俺たちを見送る。

 さて、図書館に来たのはいいとして、果たしてなにを借りるにしてもそうでないにしても、最低限読む本ぐらいは決めておきたかったが、案の定、その辺は無計画だった。

 ただ、ここの図書館の品揃えがわからん以上、行き当たりばったりになるのも必然だろう。


「……こ、九重君……」


 手近な本棚のラインナップを見ながら、そんなことを考えていたときだった。

 くいくい、と、服の袖を引っ張って、白雪が上目遣いで見上げてくる。

 頭一つ分かそれ以上に背が低いから見上げる形になるのは仕方ないとはいえ、なんというかこう、潤んだ瞳で見つめられると、俺の中でなにかが試されているような、そんな気分になるな。


「……どうした、白雪」

「……ぁ、ぇ……そ、その……あ、あの……い、一緒に……一緒に、本……よ、読みません、か……?」


 それは同じ本を二人で読むという理解でよろしいか。

 俺の問いを、もじもじと俯きながら白雪は肯定する。

 なんというか、スリーサイズを暴露するのは割と抵抗なさそうだったのに、こういう変なところでいじらしさを発揮するんだな、白雪は。


「……わかった、なにを読む?」

「……ぇ、えっと……あるかどうかは、わからないですけど……ら、ライトノベル……を……」

「わかった」


 せっかくの図書館なんだから、ハードカバーもたまには乙なもんだぞ……というのは野暮の極みなんだろう。

 そして、それだけ白雪にとってライトノベルの存在は大切なものなんだな。

 距離感がバグる原因になったのはさておき、それだけ自分の芯として好きなものがあるってのは、悪くないことだ。


 誰がなんと言おうと、きっと。

 俺は白雪の申し出を承諾して、ジャンル別に分かれている本棚の森をくぐり抜ける。

 ライトノベルはどの区分だったか。手当たり次第に探してみるのも、きっと乙なものなんだろうと、尻尾があったら左右に振り回しているのであろう白雪を横目に見ながら、そう思った。

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