見えないモノ④
やっぱり書くの好きです。
いや。
いやいや。
いやいやいや。
そんなアホな。
人違いにしても激しいですよ、お兄さん。
さすがに姫はないでしょ、姫は。
しかも今の時代に姫って…聞いてるこっちが恥ずかしいですって。
盛大なツッコミの嵐が頭を駆け巡る。
だがしかし、道を聞きたい…。
とりあえず人違いであることは間違いないので、そこは分かってもらわねば。
キラキラネームで姫って名前の人を探しているのかもしれないし。
「あ、えっとですね。私は“姫”って名前じゃないので、人違いだと思いますよ。」
「いいえ、人違いなどではございません。」
おいおい人の話を聞いてちょうだい。
違うってのに。
「貴方様は間違いなく我らが姫。我らの主で間違いございません。」
「はぁ?」
こりゃまた、すんごい妄想ですことで…。
さて、どうしたもんやら。
この人が言ってることが分からない。
姫って何のこと?
キラキラネームなんだと思ったんだが、どうやら違うらしい。
しかも主と来た。
主従関係はよくマンガや小説の設定で出ているので、心躍らせながら見てはいたが、実際に自分が呼ばれる日が来ようとは思ってなかった。
うん、悪くない…。
グルグルと考えていたら、跪いていた着物の男は立ち上がり、私よりもかなり高い位置から優しく微笑むように私を見た。
その表情はとても柔らかで温かさを感じる。
そして何よりも安心感を得られるような表情だった。
「姫は“時空移動”の際に“記憶置換”をされておられるのでしょう。我らが分からなくても致し方ない事にございます。」
「はぁ…。」
そもそもですね、【時空移動】とは何ですかいね。
【記憶置換】って、新手のセクハラですかね…。
もう分からない事だらけで、どうしたらいいのかすら判断できない。
しかし、私のカンがもし…。
もしも当たっていたとしたら…。
いや、そんなフィクションのような事があるわけない。
あれはあくまでも作り話だ。
まず私がしなければならない事。
それは何だ。
混乱する頭から出たのは、鈴と龍也の安否。
「聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「何なりと。」
「私と同じ服の女の子と、似たような恰好の男の子を見かけませんでしたか?」
「…。」
「私、その2人と一緒にいたんです。だから2人を探さないといけなくて。」
ふむ、と考える様子の着物の男。
「鈴っていう女の子と龍也っていう男の子なんですけど。」
「…“すず”という方は存じませんが、“龍也”であれば、すでに我らと共におります。」
「助けてくださったんですか?!」
「はい。」
この人、いい人すぎる。
途方に暮れた人間を2人も助けるなんて…。
姫とか新手の痴漢の話を急にしてくる変わった人ではあるが、良い人であることは間違いないだろう。
「龍也に会われますか?」
「もちろん!どこに居ますか?!」
「では、こちらに。」
先ほどの男たちのような迷いや恐怖は全くなかった。
言われるがまま着物の男に付いて行く。
少し歩いて山の麓らしき場所まで来ると、馬がいた。
その手綱は木に繋がれている。
着物の男は馬に近づくと、優しく馬の首を撫でていた。
馬も心なしか喜んでいるように見える。
着物の男は私に向き直ると、手を差し出した。
差し出された手を見て、次に着物の男を見た。
「馬に乗ります。こちらへ。」
え、馬に乗るの?!
両腕を使ってバツを作った。
「む、無理です!私、馬なんか乗った事ありませんから!!」
どうやったら良いのかも分からないし、第一に馬がデカい。
背丈がというよりは、幅があって圧迫感がある。
慌てる私の様子を見ていた着物の男は、クスッと笑った。
え、この人、普通に笑うんだ。
笑う事にも驚いたが、どこか懐かしく感じているのはどうしてだろうか。
昔から知っているような、そんな気さえする。
手を差し伸べたまま、柔らかく着物の男は言う。
「ご安心を。私が後ろでお支え致します。」
恐る恐る差し伸べられた手に、自分の手を重ねた。
優しく手を引かれ、馬に近づく。
それと同時に繋いだ手に全部の意識を持って行かれる。
鼓動が早くなるのが分かった。
異性と手を繋ぐなんて、幼稚園以来か。
大きくゴツゴツした手は、私の手をすっぽりと包んでしまうほどだった。
男の人と手を繋ぐって、こんなにドキドキするものなのだろうか。
着物の男は私を馬のすぐ脇に立たせると、ごめんと一言言ったと思ったら、ひょいとお姫様抱っこ状態にして私を持ち上げた。
「ひゃあ!?!」
思わず出た声に着物の男はビックリしたのか、そのまま顔を覗いてくる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや…。」
顔が近いんですよぉ…。
まつ毛の長さまで分かってしまいそうなほどの距離。
恥ずかしさのあまり、顔を背けた。
不思議そうにしながら、私を馬の背に乗せた。
すぐ後ろに着物の男が跨る。
密着した身体が恥ずかしさを急上昇させる。
今の私は、顔が燃えそうなほど赤いだろう。
顔、見えなくて良かった…。
「動きます。」
そう言って軽く馬の腹にコツンと足をぶつけると、馬はゆっくりと歩き出した。
さて、凰華は龍也とどんな再会になるか。