ふせんと文化祭、そして恋の始まり。
初投稿です。
秋がだいぶ深まってきたその日、とある男子校で文化祭が行われていた。
独特な熱気に包まれる校内を、玲は一人自分のクラスに向かって歩いていた。自分のクラス、二年五組の教室の扉を開くとまず目に入ったのは、『青春』をテーマに作られたカラフルな展示たち。そして―――黒板の前に大量に置かれた付箋。黒板にはやたらとポップな文字でこう書かれている。
『あなたにとって、青春とは何ですか?ふせんに書いて黒板に貼ってください!』
(何か書こうかな。暇だし。)
そう思って、すでに黒板に貼ってある付箋たちを見てみた。……皆、祭りということで気分が上がっているのだろうか。テーマに関係ないことが書かれている付箋が結構な数あった。ただの願望が書かれた付箋、ふざけた顔の絵文字だけが書かれた付箋―――。
……少々自由すぎる気がする。なんだこれ。
そう落ち着いて考えているつもりでも、玲も祭りの熱気にあてられていたのだろう。こんなことは今しかできないし、皆が書いているから、と心の中で言い訳をしつつ、短く一文だけ書いて黒板に貼った。
『恋人が欲しいです!』
★☆★
午後の部に入って少し経った午後二時。展示管理係の交代の時間だ。もう一人の係の生徒と教室に入った玲が目にしたのは、自分が書いたものの近くに貼り付けてあるいくつもの付箋。そしてその中でも特に目立っている二枚。
『誰か恋人をください』 『↑↓お前らで付き合えば?w(^q^)ホモォ』
「この三枚、誰が書いたんだろ。存在感がすげえ」
「あはは、確かに……」
三枚、には玲が書いた一枚も入っているのだろう。確実に。
(ここ男子校だろ、誰だよこんなこと書いたやつ!いや僕は別に同性だろうが異性だろうが気にしないけど……。って、そういう問題じゃないし、何を考えているんだ僕は!)
少し顔が赤くなるのを感じて、ばれないように顔を手で覆った。
★☆★
盛り上がった文化祭もフィナーレをむかえ、現在の時刻は午後六時。もう少しで後夜祭が始まる。
後夜祭といっても非公式なもので、元々は後片付けに時間がかかり遅くまで学校に残っていた生徒たちがただ騒ぐだけの素朴なものだったらしい。それに、いつの間にかこれまた非公式の実行委員会が立ち上げられ、OBたちが資金まで出すようになり今の形となった、と去年の三年生から聞いたことがある。出し物をしている生徒が大勢いてかなりにぎやかだ。
さて、世間一般に後夜祭といえばよくあるのが【恋にまつわる都市伝説】だが…………実は、なくもない。男子校な上に外部の人を呼べないため、実行する人があまりいないだけで。ちなみに五年前、とある生徒がこれを実行し、ノーマルだった当時の生徒会長を射止めたらしい。その都市伝説の内容は、
『後夜祭中に校舎の屋上で二人きりになって告白すれば、二人は一生結ばれる』
というものだ。本来であれば校舎の屋上は常に鍵がかけられており、入ることができない。五年前の生徒はこれを実行したいがために努力して生徒会に入り、会長はその健気さにやられたとのこと。
……うん。なぜこんなことを長々と考えているのかというと、昼の付箋の件がまだ頭の片隅に居座っているからだ。
(いや、仕方ないじゃないか!今までそういうイベントと無縁だったから少し期待してしまうのは!僕は悪くない。別に僕は―――)
「よっ、玲!何してんだ?」
「ぴゃっ!?って命斗かよ!驚かせんな!!」
「ってえ、蹴んなよ!普通に話しかけただけだろ!」
この男は北沢命斗。この学校の現生徒会長だ。玲とは幼馴染、というよりは腐れ縁という感じの関係で、幼稚園のころからずっと一緒にいる。高校に上がってから二人でいる時間は減ったが、仲はいい……と思う。
「で、用事は?何かあったの?」
「お前なあ……。まあいいや。玲が良ければだけど、後夜祭一緒に回らないか誘おうと思ってな」
「僕はいいけど……。いいの?他に仲のいいやつとかいるんじゃ?」
「……や、みんな後夜祭実行委員会に入っちゃってさ。俺一人なんだよね」
「だったらいいけど。じゃ、早く行こうぜ。今年はどんな出し物があるのかな」
「OBの人が花火を打ち上げてくれるっていってたぞ」
「やった。楽しみにしとこ」
★☆★
楽しい時間はあっという間に過ぎ、クライマックスの花火まで残り十分を切った。校庭は花火を見るために集まった生徒たちで込み合っている。
「んー、校庭は人が多いなあ。できれば人混みから離れた場所で見たいんだけど、」
「そういうと思った。ちょうどいい場所知ってるから行こうぜ!」
「え、わっ、ちょっと!?」
グイっと手を引かれて走り出す。万年文化部の玲に現役運動部の命斗の全力疾走はつらい。文句を言ってやりたいが、その余裕すらないのである。
そのままの勢いで階段を駆け上がり、四階のさらに上―――屋上へ。
「ほら、ここだ!!」
「ぜぇ……はぁ……、ちょ、いいたいことが、いくつか、……ゴホッ…………ふう。あのさあ、なんで走ったの!転びそうで怖かったんだけど!……んで、なんで屋上の鍵が開いてるの!?」
「あっ、ごめん。花火に間に合いたいから焦っちまって……。屋上の鍵は、生徒会長権限でふんだく……ンンッ、貸し出してもらった」
「ちょ、今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけど!?こんなことで権力を使うんじゃない!」
「まあいいじゃん、せっかくなんだし!…………っていうか、このために生徒会長になったんだから。」
最後のほうはよく聞き取れなかったが、悪いことは言っていないのだろう。その横顔は楽しそうだった。
屋上に張り巡らされたパイプに命斗が腰掛ける。普段誰も入ることがない屋上。当然そのパイプは薄っすらとほこりを被っていたが、玲も特に気にすることなく命斗の横に腰掛けた。
「そういえば、玲に聞きたいことがあるんだけど」
「ん、どうした?」
「これ、見覚えがないか?」
そう言って命斗が制服のポケットから取り出したのは、見覚えのある、いや、ありすぎる三枚の付箋。
「、は!?なんで命斗がそれを持ってんの!?」
「筆跡的に玲かなと思っていたけど、やっぱりか」
「そ、そうだけど……うわあ、やばいめっちゃ恥ずかしい……知り合いに見られると思ってなかった……」
「あ、ちなみにこっち書いたの俺な」
「…………はあ!?」
『誰か恋人をください』と書いてある付箋をじっくりと見てみる。……確かに、字のくせが命斗のものだった。
「玲も書いてるならいっか~とか思って軽い気持ちで書いたけど、後からこんなこと書かれるとは思ってなかったわ」
「それはこっちのセリフだよ……。もしかして僕にも春が!?とか思ってたのに」
「ふははっ!…………俺は、別にそれでもいいけど?」
「……え?」
「本当は来年言うつもりだったけど、まあいいか。俺じゃ、ダメか?」
「いや、ちょっ、ま、待って、ほ、本気?あの、さすがに冗談にしては質が悪―――」
「本気だよ。だって、」
―――玲のことが、もう何年も前から好きだったから。
その言葉と同時、狙いすましたかのように一発の花火が夜空を彩った。
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