野良ネコ(騎士)は仲間になりたそうだ
お越しいただきありがとうございます。
(なんだか大神官さまに、とんでもないものを頂いてしまったけど、…忘れよう。ワタシハナニモミナカッタ。そして今度こそ旅に出よう。)
ミサキが異世界に来て、もう3年になる。祖母が儚くなってからは、ミサキはいつも一人だったから、異世界に来てもそれは変わらないと思っていた。
(でも、今は違う。)
ミサキを呼ぶ声がして振り返ると、孤児院の子どもたちが走ってくる。そして一番大きな少年から小さな一振りのナイフを渡された。
「聖女さま、はやく帰ってきてね。」
「聖女様、知らない人について行っちゃだめだよ。」
「これ、みんなで働いたお金で買ったんだ。」
「みんな…ありがとう。ちょっと旅に出るけど、ここが私の帰る場所だから。」
涙がこぼれそうになった。こんなにたくさん、自分のことを案じてくれる人がいる。一部子ども扱いされている気もしたが。
―――それはとても、うれしいことだった。
「では、行ってきます。」
これから旅は乗合馬車を使おうと思っている。旅の服に着替えたミサキは、珍しい黒髪である以外は普通の女の子に見えることだろう。その装備が素晴らしく上等なことにはミサキは気づいていないが。
しかし乗合馬車が出発する街の外れに向かってすぐ、ミサキは誰かに見られているような違和感に気が付いた。
(うん…?なんだか視線を感じる。)
ミサキは癒しの力は超一流だが、そのほかの能力はとくに異世界に来て強くなったとか、鑑定ができるとか、何か作れるというわけではない。
でも、こちらに来る前から勘だけは良いほうなのだ。それこそ予知級に。
(だるまさんがころんだで負けたことないんだから。)
素知らぬ雰囲気をよそいながら、さっと振り返るミサキ。その視線の先に、最近では見慣れてしまった青みがかったシルバーブロンドが揺れていた。
『野良ネコは仲間になりたそうだ。』
(そう表現したらいいのかしら。いや、公爵家のお方がそんなはずないわね…。見送りに来てくれたのね。)
ミサキは右手を頭の上で大きく振りながら、大声で声をかける。
「ヴィルヘルムさま!遠すぎて話もできないですよ!」
声をかけると、そろそろっとヴィルヘルムが近づいてくる。まぁ、今だって見ず知らずの他人同士の距離だが、最初を思えば本当に仲が良くなったものだとミサキは微笑んだ。
「ヴィルヘルムさま、見送りに来てくださったんですか。」
「………いや。違う。」
「…それでは、通りすがりですか。」
「違う。」
(まさかね。)
しかし、見れば見るほどヴィルヘルムの荷物は多い。その背嚢には何が入っているのか。さすが騎士、軽々と背負っているがとても重そうだ。
(まさか…ね。)
「あの…。」
「ミサキ殿。この世界はミサキ殿がいた場所とは違うのです。」
「まぁ、それは存じていますが。」
違いと言えば、最初に米と味噌が存在しないことに絶望した。魔法もあるし女神さまの存在だって、ずっと身近だ。
「たぶん、ソレではなく。はぁ…。」
ため息をついたヴィルヘルムが、長い前髪を後ろにかき上げる。
「……。」
「貴女は危なっかしい。すぐさらわれてしまいそうだ。」
「……。」
ヴィルヘルムが一歩だけ踏み込み、ミサキとの距離が少し近づく。
(これは見ず知らずの他人の距離ではないわね。)
そんなに緊張するほどの距離ではない。でも、ヴィルヘルムがとても緊張しているのが伝わってきて、ミサキの心臓までうるさいほど音を立てている。
「貴女には、護衛が必要です。すでに上官の許可はもらっています。」
その時ミサキの脳裏に、ニヤリと口の端を上げたイザークの顔が浮かんだ。
―――まぁ、どう考えても其方の身の安全は問題ないだろうがな?
(…アレは、そういう意味か。)
ススス…とミサキは少しだけ後ずさってみた。しかし、その距離だけヴィルヘルムも距離を詰めてくる。
『野良ネコは仲間になりたそうだ。』
「……。」
「ミサキ殿が許して下さらなくても、護衛として陰から…。」
気ままな一人旅に出る気でいたミサキ。けれど…。
(気ままな二人旅もいいのかもしれない。ヴィルヘルムさまとなら。)
「…ふふっ。そんなの寂しいです。一緒に旅をしてくださるんでしょう?おいしいものを食べたり、素敵な景色を見たり。きっと一人よりも楽しいに違いないです。」
旅立ちが楽しみなはずなのに、少しモヤモヤしていた気分はすっかり晴れてしまっている。たぶんそれは、ヴィルヘルムがついてきてくれるからに違いない。
ミサキは自然と満面の笑みになった。少しだけ魔力があふれてふわりと花びらが舞った。
それを見たヴィルヘルムが、表情を消して一歩後ろに下がってしまった。心なしか耳が赤い気がする。
「よろしくお願いします。ヴィルヘルムさま。」
『野良ネコが仲間になった。』
ミサキの心の中にそんなメッセージが流れた気がした。
最後までご覧いただきありがとうございました。