【03】映像①
◇小笠原達也のスマートフォンに残されていた動画
※動画は茂上山の西側登山道入り口の駐車場から、撮影者の小笠原が死亡し、スマートフォンのストレージ容量がなくなる1時間47分を撮影したものである。
冒頭は駐車場で車を降りたところから始まる。砂利の敷かれた土地で、周囲を山毛欅や椚などの木立が取り囲んでいる。鴉がしきりに鳴いており、かなり五月蝿い。
画面奥の数メートル先に木々を割って延びる山道の入り口があり、左横に錆び付いた看板がある。そこには『茂刈山西側登山道』とある。
その手前に、カーキ色のパーカーとグレーのバケットハットにジーンズ、大きなリュックを背負った男。そして、彼と何事かを話しているのは、黒いベンチコートを着て、白髪混じりの汚ならしい長髪の男だった。2人は40代から50代くらいに見え、同年代であるように思える。会話内容は聞こえない。
バケットハットの男がカメラ目線になり「それじゃあ、人気のなさそうな場所まで行こう」と言う。画面が頷くように縦に揺れる。
ベンチコートの男とバケットハットの男が登山道の入り口の奥へと歩いて行く。カメラもそれに付き従う。
しばらく木々に挟まれたなだらかな坂道を進む。すると、5分くらいして画面が右に振れる。両手でピースサインをするピンク色のリボンのハーフツインテールをした女がアップで映り込んだ。服装はミニスカートの地雷ファッションと登山者らしくはない。年齢は10代半ばから20才くらい。
続いて画面は更に右回りに動く。すると2メートルぐらい離れたところに、面倒臭そうな顔をした40代くらいの女がダラダラと歩いていた。紺色の蛍光イエローのウィンドブレーカーに黒のジャージ。緑のリュックを背負っている。
その女がバケットハットの男に向かって言う。
「車でいいじゃん。疲れた」
鴉の鳴き声と羽ばたきの音。バケットハットの男が立ち止まって緑リュックの女に言う。
「車は息子に遺したいから、なるべく汚したくない」
緑リュックの女が肩を竦め呆れた様子で溜め息。
それから10分近く何も変わった事は起きず。黙々と山道を進む5人。鴉の鳴き声が五月蝿い。
不意にベンチコートの男が悲鳴を上げる。
「うわあっ!」
突如として上空から下降してきた一羽の鴉が彼の頭部に襲い掛かる。腕を振り乱すと鴉はすぐに逃げていった。
しかし、ベンチコートの男は頭部に怪我を負う。出血はかなりある。ハーフツインの女が気遣わしげに駆け寄る。
「おじさん、大丈夫?」
ベンチコートの男は頭を抑えた右手の指先を見ながら「血出てる……」と言って顔をしかめる。そして、自分を襲った鴉が飛び立っていた方を見上けた。ハーフツインの女が自らのポシェットを漁りながら言う。
「絆創膏しかないけど、いる?」
「いいよ。どうせ死ぬんだし」
ベンチコートの男が不機嫌そうに歩き出す。バケットハットの男が言う。
「大丈夫なら、急ごう」
再び一行は登山道を進む。8分後、後に遺体が発見された洗沢というポイントに辿り着く。
緑リュックの女がうんざりした調子で言った。
「ここにしない? 景色も綺麗だし」
バケットハットの男は思案顔で周囲を見渡す。カメラも周囲を見渡すようにパンし、沢の底を流れる渓流を映す。
画面の外からバケットハットの男の声が聞こえる。
「ここにしようか。反対者は?」
カメラが全員の顔を順に映す。反対の意思を示した者はなし。
ベンチコートの男がどこか晴れ晴れとした顔つきで手を一回叩いた。
「それじゃあ、やるか」
「ああ」と応じるバケットハットの男。
2人は比較的平らな場所でテントを設営し始める。
すると、画面は緑リュックの女へ。彼女はぼんやりと沢の底を流れる渓流に目を止めている。
そして、画面はハーフツインの女へ。彼女は少し離れた位置の木陰でしゃがみ俯いている。
再び風景を見渡すように映す。そこでカメラが対岸に向いたところで動きが止まる。
画面の中央には、斜面の木々や蔓草に埋もれた石の鳥居が映っている。蔦に埋もれて見え辛いが、まるで立入禁止ロープのように古びた注連縄が張ってある。鳥居の向こうは木陰となっており暗くて良く解らない。5分ほど、その鳥居を映す映像が続く。すると、ベンチコートの男の声が聞こえた。
「よし。準備、できたぞ」
テントが完成していた。順番にテントの中に入る。
「じゃあ、これね」
すでにテントの中にいたバケットハットの男が他の4人にダクトテープとビニール袋を渡す。彼の指示で、5人で手分けして内側から目張りする。
それが済むとバケットハットの男が七輪と練炭をセットして点火棒ライターで火を灯す。車座になって座るとハーフツインの女が、全員にサイレースをワンシートごと配る。
薬が全員に行き渡ると、緑リュックの女が、甲類焼酎の2リットルを取り出し、錠剤と共に飲み下す。隣いたバケットハットに焼酎のペットボトルを渡す。
「最後の晩餐よ」
バケットハットの男は黙って受けとる。そして薬を飲み下すために錠剤シートを指で押していく。するとハーフツインの女が「あんまりたくさん飲むと吐くから3つくらいがいいよ」と言った。
バケットハットの男は頷いて3錠を焼酎と共に飲み下す。続いてベンチコートの男、ハーフツインの女、撮影者の番になり、撮影に使っていたスマホを置く。アングルは彼の顔を見上げる形となる。細い垂れ目で柔和そうな顔立ちの男だったが、無精髭やセットされていない髪型を見るにあまり身なりには気を使っていない様子だった。
彼は嬉しそうに呟く。
「あー、やっと死ねる」
そして、薬を飲むと、カメラ目線ヘラヘラと笑い出す。何かを呟いていたが呂律が回っておらず聞き取れない。他にも誰かの声が聞こえるが、やはり何を言っているのかは解らない。やがて目を閉じると、そのまま動かなくなる。
以降はテントの外から聞こえる鴉の鳴き声の他は何も聞こえない。誰かが動く気配や、目張りを剥がしたりするような音も聞こえない。ストレージ容量切れまでそのまま――。




