【01】資料①
◇新聞記事(2020.10.07)『北越日報』より
『山間で男女四人の遺体、集団自殺か』
6日午後4時20分頃、県北の山間で、4人の男女がテントの中で死亡しているのを、登山に訪れた50代男性が見つけ、110番通報した。
県警によると、亡くなっていたのは免許証などから、都内在住の岸和田常文さん(48)、埼玉県在住の小笠原達也さん(21)、身元不明の女性2名の計4名だった。
4人とも目だった外傷はなく、着衣に乱れはなかった。テント内には七輪で燃やした練炭があった。
対応にあたった警察署は集団自殺の可能性が高いとみて、死因や残る2人の身元確認を進めている。
◇A新聞Webサイトコラム『自殺大国日本の現状』より
Webサイトを通じて知り合った無関係な者たちが一ヶ所に集まり、集団自殺を遂げるという事象は、すでに1990年代後半のインターネット黎明期より世界各地で確認されている。
とうぜんながら、人が自死するには、いくつものハードルが存在している。しかし、社会心理学者の米沢准一氏によれば、インターネットそのものが自死へと至るハードルを下げているのだという。
氏曰く、人が自殺するときに立ちはだかる壁は二つ。邪魔の入らない場所や確実性の高い自殺方法の確保などの物理的障壁の他に、死を躊躇させる恐怖や生への執着、倫理観などの精神的障壁などがある。しかし、一人ではクリアできなかったこれらの問題点は、自殺志願者同士の相互扶助によって、ときに容易に乗り越える事が出来てしまうのだという。
「たとえば同じ自殺志願者同士が集まり、ある者が邪魔の入らない場所を知っているといい、ある者が苦痛なく確実に死ねる危険な薬物を提供できると言い出す。そうやって、各々が力を合わせて、段階的にハードルをクリアしていくうちに、ぼんやりとしていた死へのイメージは具体化していき、自殺はその集団においての目標となる」
と米沢氏は語る。
“赤信号、みんなで渡れば怖くない”
この言葉のように、インターネットは我々に多くの繋がりと世界の広がりをもたらしてくれる反面、集団化による倫理観の低下や没個性化によって、個人の正常な判断力を低下させる恐ろしい一面もある。この集団自殺がまさに、そのインターネットの暗黒面の最たるものの一つであろう。
次の項目では実例を紹介しつつ自殺者個人へスポットライトを当てていく事にする。
・CASE1 見知らぬ異郷で見知らぬ者たちと迎える人生の終焉
Aさんは青森県で生まれ、大学進学を機会に上京した。大学では同級生たちとの交流も活発だったのだという。しかし、それは3回生の夏休みの事。お盆前に実家の母親からの『今年のお盆は帰ってこれるのか?』というメッセージアプリでの質問に『予定が解り次第、連絡する』と簡潔な返事をした。これが母子の最後のやり取りとなった。
そのおよそ二月後の10月上旬にAさんは縁も所縁もない日本海に面したY市の山間で発見される。
Aさんは3人の男女と共にテントで亡くなっていた。死因は一酸化中毒。自殺だった。
遺書などは遺されていなかったが、パソコンの履歴から、彼があるチャットルームに出入りしており、そこに遺されていたログから集団自殺を試みたものである事が判明した。
どうやらAさんは就職活動が思ったようにいかないと、日頃から周囲に漏らしていたらしい。しかし、彼を知る友人知人は「悩んでいた事は知っていたが、まさか死ぬほどだとは思えなかった」と一様に驚きを隠せない様子であった。
恐らく最初は辛い現実から逃げ出したいとは思っていても、その行く先が自らの死である事までは想像もしていなかったのではないか。
SNSを遡ってみても、日々の生活の愚痴や不満、未来への不安といった内容の投稿はあれど、その文体から、さほどの深刻さは感じられなかった。しかし、その様子が一変したのは、くだんのチャットルームに出入りするようになった2020年5月13日、Aさんが死ぬ凡そ5ヶ月前の事だった。
この頃からほんの短いSNSの書き込みからも深い絶望がにじむようになり、投稿頻度も次第に減少していた。それと反比例するようにチャットルームへのログイン回数も増えていったようだ。
このチャットルームは、Aさんと共に亡くなっていたBさんが、日々の不安や世の中への不満を吐露する場所として立てたものだった。
ログを見るに、Aさんたちの会話内容が徐々にネガティブな色合いを帯びて、死という共通の目標へと向かっていく様がありありと見て取れた。それは、たいへんに痛ましく、筆者は恐怖すら感じた。
これはまさに希死念慮のエコーチェンバーといえるのかもしれない。
◇小高敬士の備忘録(1)
12月1日。
ちょっとした用事があり上京し出版社へ。
すぐに用事が済み、帰りにロビーで久々にオカルト系の雑誌製作に携わっていた竹中と会う。聞くと彼はすでに退職しており、今はフリーの編集者をやりつつ、雑誌などにコラムや特集記事を寄稿するライターをやっているらしい。
つもる話もあったので、徒歩五分の場所にある喫茶店『Drip&Toast』へ向かう。
話は今年のサスペンスホラー大賞を受賞した水無月智乃の『影の跫』の話となる。審査員として、この作品を推薦した事を誇りに思う反面、負けてはいられないというモチベーションも沸き上がった。
そこで何か面白いネタはないかと情報交換を求めたところ、興味深い話を聞く事ができた。竹中によればインターネットコラムの執筆を手掛けた際に題材にした集団自殺がなかなかに奇妙なのだという。
概要は以下の通り。
去年の夏頃に日本海側の山間で、登山客がテントの中で死んでいる四人の若者を発見した。死因は警察発表では練炭による一酸化炭素中毒。また血中には多量のベンゾジアピン系睡眠薬の成分が発見された。どうやら彼らはチャットサイトで知り合い、意気投合して集団死に至ったらしい。
竹中曰く、この一件は調べれば調べるほど不可解な事実が浮かび上がってくるとの事だった。相応の見返りを貰えるなら、このネタを譲ってもいいとの申し出を受けたので快く了承した。
かなり興味深い一件であるが、なぜ竹中はこのネタを自分に譲る気になったのかが解らなかったので聞いてみた。すると、この集団自殺は稀に見る本物である可能性が高いから、小説のネタにする程度なら構わないが、深入りしない方がいいと彼は答えた。
その忠告を素直に聞きつつ、素材を受け取る約束を取り交わす。
恐らくこのネタは金の鉱脈だ。そんな予感が俺の中で沸き上がる。




