【04】後日譚
「先日、要監視対象a50号とa51号の通報によって発覚した殺人事件に関しての報告ですが……」
と、自室のリビングでテーブルの上で開かれたノートパソコンに向かって語り掛けるのは、篠原結羽である。彼女は手元のタブレット端末の画面に目線を落とし、更に報告を続ける。
「……事件の概要自体はありふれたもので、七十代女性が同居人であった三十代無職の息子に殺され、その息子が自室で自死するというものでした。この事件に関しては、我々が出る幕はいっさいありません」
『そうか……』
と言って、ノートパソコンの画面の中で、眼鏡のブリッジを押し上げたのは特定事案対策室室長の穂村一樹であった。彼は銀縁眼鏡の奥の瞳を冷たく輝かせ、続く篠原の言葉に耳を傾ける。
「しかし、被疑者である息子が自死していた彼の自室の押入れから、木乃伊化した人間の右足首が発見されました。黒いビニール袋と新聞紙に何重にもくるまれており、その表面にあった埃から押入れの中に相当な年月保管されていたと思われます。それで、その右足首はDNA鑑定により、鮫島槐のものである事が判明しました。因みに被疑者の竹松は、この鮫島の当時の同級生です」
鮫島槐という名前を聞いた途端、画面の中の穂村の表情が変わる。
『これで、三つ目か……』
鮫島槐とは藤見市に在住していた高校三年生だった。二〇〇五年の秋頃、当時十七歳の鮫島は学校からの帰宅途中に行方不明となった。
後日、その頭部のみが発見され、犯人のものと思われる脅迫文がマスコミの元に届いた。
被害者の頭部が切断されていた点とマスコミに対する脅迫文という点が、八年前に発生した神戸連続児童殺傷事件と酷似しており、当時の世間を大きく騒がせた。
警察は目撃証言を頼りに捜査にあたったが、けっきょく犯人は捕まらず、遺体も頭部のみしか見つかっていなかった。
しかし、今年の九月に鮫島の右手首が意外な場所から発見される。
その意外な場所とは、大津神社の本殿に向かう扉の前であった。
『今回の被疑者が二〇〇五年の鮫島の事件の犯人なのか……』
「どうでしょう。その辺りはまだ何とも」
と、篠原は首を横に振って言った。そして、報告を再開する。
「……九尾先生の鑑定によれば、鮫島の魂は完全に消滅しており、今回発見された右足首にも残留思念は遺されていなかったそうです。霊視はかなり困難であると」
『他には?』
「特に。以上になります」
『では引き続き“あいつら”の動向を注視しつつ、本件に当たって欲しい。そもそも、この鮫島の事件が我々の領分に入る出来事なのか否か。まずはそこから慎重に見極めて欲しい』
「了解しました」
と、そこで通話を終える。
篠原は静まり返ったリビングで、視線を上げて背筋を伸ばした。そして、久々の休暇に等しかった平穏な日々が終わりを告げた事を悟るのだった。
(了)




