【03】ガチ推理
田園風景の一画に打ち捨てられたエロ本は、まるで連続殺人鬼に遺棄された美女の全裸死体のように、生々しく凄惨であった。
それは、農道の砂利道に沿って横たわる水路の縁に生える枯れ草に埋もれていた。
再び茅野は自転車を停めると、その五冊の濡れそぼったエロ本の奥付を確認した。
「梨沙さん、このポイントのブツなんて二〇〇〇年以前のヴィンテージものよ。ここに古本屋の値札がついている」
「ジャンルといい、発刊された年代といい、相当なコレクションだね。これは」
「そうね。ただ、これを見て頂戴」
「何が?」
桜井も自転車を停めて、茅野の傍らにしゃがみ込む。それはまるで、季節が季節ならば、田んぼにいる水棲生物を観察する生物部部員にでも見えたかもしれない。しかし、彼女たちの眼前にあるものは遺棄されたエロ本である。
ともあれ、茅野はその中の一冊の表紙右下の隅を摘みあげる。
「この部分だけ、ほんのわずかに反り返っている。この特徴は他のエロ本にも見られる」
そう言って、五冊のエロ本を仕分けする。
「これは、跡がある。こっちの三冊にはない。さっきのエロ本にも同様の跡があったものがあった」
「これは、いったい……」
桜井は現場検証をするベテラン刑事のような、きりっとした表情で聞いた。
茅野はまるで名探偵のような鹿爪らしい顔つきで、エロ本の跡についての見解を述べた。
「跡のついたエロ本は、比較的大きなサイズのものばかりだわ。つまり、これらのエロ本は、このサイズより小さなどこか狭い場所に保管されていたという事になる。しかも、かなりの長期間に渡ってよ。これは恐らく本の保存状態より、多少サイズが合わなくても、家族などに見つからない隠し場所を選択したという結果ね」
「なるほど……お宝の保存状態より、見つからない事を重視するのは、やはりX氏、かなりプライドが高い」
「エロ本をずっと捨てられなかったのも、大切だった訳ではなく、単に捨てるときに誰かに見られるリスクを取れなかっただけかもしれない。そういった意味では、彼はきつめの性癖を保持してはいたけれど、純粋なコレクターではなかったのかもしれないわね」
そこで桜井が視線を上にして、流れの速い黒雲を見つめながら疑問を呈した。
「……でも、それなら、何で今になって、わざわざエロ本を捨て始めたの? X氏は」
「そこよ」
と、茅野は行って立ちあがる。桜井も首を傾げながら立ちあがる。
「どゆこと?」
「この長年捨てる事すら出来なかったブツを、わざわざ手間を掛けて捨てたという事は、何か相当な理由があったのではないかしら?」
桜井はそこで、はっと気がつく。
「循、まさか……」
「ええ。何か理由があって、X氏はこの世を去るつもりだったのかもしれない。そこでプライドの高い彼は、死後にこのマニアックなコレクションが衆人の目に晒される事を恐れた。では、その自殺の原因は何か……」
茅野の導き出した驚愕の真相に、桜井は異を唱えた。
「いやいやいや、流石にそれは飛躍しすぎでしょ」
「そうかしら?」
茅野は自転車に股がる。桜井も続いた。二人は再び冬場の人気のない農道を走り始める。
「……だって、急に引っ越す事になったとか。彼女が出来たとか……いや、あんなキモい性癖で彼女は無理か。ともかく、流石にエロ本を捨てた=自殺は、循にしてはちょっと強引なのでは?」
「確かにもっともな反論よ、梨沙さん。でも、ここで思い出して頂戴」
「何が?」
「あの昨日の子猫の足に付着した血痕を……」
「ああ……にゃんこの……」
「あの子猫は昨日までどこにいたのかしら? 野良猫……それも子猫の行動範囲を考えるなら、恐らく集落からは出ていない」
そこで、茅野は立ち上がると、再び手袋を取りながら言う。
「それで、私の記憶が正しいならば、あの空き家の左隣の家の表札が『竹松』だったわ」
「もしかして、最近見ないと噂だった竹松さんは……」
桜井の言葉に、茅野は鹿爪らしく頷いた。
正直なところ桜井は猫の足についた血の事を持ち出されても、そんな馬鹿なと思っていたし、茅野ですらも内心では、落ちていたエロ本から殺人事件が発覚なんて、流石にちょっとどうなんだろうと思っていた。完全にその場のノリだった。
しかし、一応は確認してみようという事になって、竹松の家に向かって玄関の呼び鈴を鳴らした。しかし、返事は一向になく、庭先をぐるりと回ると、勝手口の扉が開いているのを発見した。そこから中を覗き込むと、台所で血塗れになって倒れている老女を発見した。その床の血痕には、子猫の足跡が点々とついていた。
それを見た桜井は冷静な表情で一言。
「殺人がバレるより、あんなマニアックなエロ本を持っているとバレる方が嫌だったんだね」
「漢のプライドってやつよ」
と、茅野はもっともらしい事を言った。
流石に心霊絡みの事件ではないので、でしゃばろうとはせず、即座に110番通報する。篠原の休暇が終わってしまうからだ。
なお、これは後で解った事だが、この老女――竹松裕子の息子で、唯一の同居人であった竹松勇志が、二階の自室で首を吊って死んでいた。
状況からすると勇志が裕子を滅多刺しにして殺し、その後に自殺したらしい。動機などは解っていないが、ずっと無職だった勇志と母親の裕子との間では、いさかいが絶えなかったのだという。
ともあれ、駆け付けた警察からの事情聴取を終えて帰る途中だった。
自転車に乗り夜道を行く途中で桜井に向かって言った。
「今回は心霊抜きだったから普通の事件だったね」
茅野が同意した様子で頷く。
「たまには、こんなのも悪くないんじゃないかしら?」
こうして、藤見女子オカルト研究会のささやかな日常が過ぎ去って行くのだった。




