【01】にゃんこVSオカ研
西木がその一年生に連絡を取ると、どうやらスーパーやコンビニを周り、猫探しのビラを貼ってもらえるように頼んで回っている最中なのだという。オカルト研究会に協力を仰いだ旨を告げると、少しだけ驚いた様子だったのは、やはり桜井と茅野の悪い噂を聞き及んでいたからだろう。
ともあれ、彼女の自宅近くにあるスーパーのフードコートにて待ち合わせる事にする。桜井と茅野、西木の三人は学校を後にすると、その店へと向かった。
くだんの猫探しの一年生は、飯島純香と言い、大人しそうなお下げの少女だった。スーパーに着くと、既にテーブル席に着いており、隣の席の年配女性の一団と何やら話をしていた。どうやら顔見知りらしい。
桜井と茅野、西木がテーブルに着くと、その会話は中断されて自己紹介が始まる。そして、これまでに自分が捜索した範囲や、その方法について説明し始めた。
「……今日は自宅から五百メートルぐらい離れたところにあるお寺の周辺を探してみようと思っていたんですけど」
と、飯島が自らのスマートフォンに表示させた地図を見せながら説明していたときだった。左隣のテーブルから響いた大きな話し声が不意に耳をついた。四人は思わず話を中断して聞き耳を立ててしまう。
「……最近、竹松さん、見掛けないけれど」
飯島は思わず言葉を止めて、ちらりとそちらの方を見た。すると、年配女性の一団の中で、白髪のパーマの女性が口を開く。
「……竹松さんのとこのが、夜に鞄提げてどっか行くの最近見るけども、夜の仕事でも始めたんけ? コンビニとか」
ふくよかな女性がその疑問に答えた。
「いんや。高校卒業してから、ずっと何もやってねえって。竹松さんが言ってたんが」
「やんや、いい歳して働きもせんで、嫁も貰わんで、ほんにまあ……」
そこで茅野が咳払いをして、中断していた話を再開した。
「その猫の写真を見せて欲しいのだけど」
飯島は鞄の中から自作の猫探しのビラを取り出してテーブルの上に置いた。その写真を眺めながら、茅野は質問を口にする。
「これは、どれくらい前に撮ったものなのかしら?」
「ほぼ逃げられた直前です」
そこで桜井がポスターに視線を落としながら言う。
「……これは、生後半年くらいか。メス?」
「はい」
飯島が首肯すると、茅野は己の見解を述べた。
「野良猫の行動範囲は五百メートル程度で間違いはないけれど、まだ幼い子猫ならばそこまで遠くには行かないと思うわ。更にメスともなれば、もっと行動範囲は狭まる」
「じゃあ……」
西木の言葉に茅野が頷いた。
「最初に子猫がいた空き家の辺りをもう一度探してみましょう」
茅野は立ち上がると、自らの鞄を手に取った。
その空き家は待ち合わせ場所のスーパーから田園地帯を挟んで反対側の集落にあった。因みに飯島の家もこの集落に属している。
田園地帯を横切る砂利の農道を突っ切り、五メートルほどの幅の川に架かった橋を渡ると、その集落に辿り着いた。
くだんの空き家は、橋から百メートルほどの場所にあった。トタンの外壁の平屋で、風化した透かしブロックの塀に囲まれていた。両隣も古びた民家で、人の気配がしなかった。それ自体は地方の過疎化が進む昨今では、さして珍しい光景ではないが、やはり不気味さと侘しさを感じてしまう。
ともあれ、その空き家の門から入って左側にビニールの車庫があり、その反対側にポリカ波板の納屋があった。車庫にはいかにも車検が切れてそうな軽自動車と、タイヤ、除雪用具が詰め込まれており、納屋の扉には錆び付いた南京錠がぶら下がっていた。
そして、玄関戸の磨り硝子の向こうには薄ぼんやりとした生活感のない暗闇が透けて見えていた。
「……この家って、スポット?」
桜井が門の前に辿り着いたとき、真っ先に飯島に尋ねた。
飯島は怪訝な顔つきで首を捻る。
「スポットって、何がですか?」
すると西木が苦笑しながらフォローする。
「この家には、昔どんな人が住んでいたかっていう事よ」
「ああ……」と、飯島は得心して答える。
「昔は、桂木っていうお婆ちゃんが一人で住んでいたんですけど、何年か前に養護施設に入ったとかで、そこから放置されてるみたいです」
「ふうん」と、多少がっかりした様子で桜井は返事をした。四人は門の横の塀に寄せて、自転車を停めると、敷地内に足を踏み入れた。
「いつも、この車庫の中の車の下にいたんですけど……」
と、飯島がしゃがんで車の下を覗き込むが……。
「いないみたいです」
がっかりした声音で、眉尻を下げた。すると茅野が反対側の納屋に視線を置いて言った。
「こっちの納屋は?」
「え、だって鍵が……」
飯島がそう言うと、茅野は納屋の扉の取っ手を掴んで引っ張る。もちろん、南京錠が掛かっているので開かない。
そのまま、茅野は顎をしゃくって扉を指してから言葉を発した。
「この扉は確かに鍵が掛かっているけれどわずかに隙間があるわ」
確かに扉板と扉枠の間には隙間があるが……。
「え、でも、これ五センチもありませんよ?」
「成猫なら厳しいでしょうけど、子猫ならば潜り抜ける事は充分可能だと思うわ」
「こんなに狭いのに!?」
驚いた様子の飯島に桜井が鹿爪らしく言う。
「猫は液体だよ」
「猫は液体……」
唖然とする飯島に、桜井は「そう。液体」と、力強く頷く。すると、屈んで茅野が南京錠の状態を確かめる。
「簡単な鍵だけれど、錆び付いているわね。これなら、蝶番ごと外した方が楽だわ」
そう言って、鞄からドライバーセットを取り出して、蝶番の螺を手早く外した。そして、扉を開ける。
すると、その瞬間だった。
素早く小さな影が納屋の中から飛び出してきて、茅野の足元の右横を駆け抜けていった。茅野が叫んだ。
「梨沙さん!」
その言葉を待つまでもなく、桜井はすでに飛んでいた。野生の超絶反応で、自らの股下を通り抜け、後方へ遠ざかろうとする小さな影に向かって、身体を捻りながら両手を伸ばして飛び付く。そして、しっかりと両手で掴んだそれを抱え上げつつ、ごろりと転がって受け身を取った。
因みに西木も驚くべき反射速度で、その瞬間を愛用のライカTで激写していた。流石は写真部の部長であった。
ともあれ、仰向けで寝転ぶ彼女の両手には、にゃーにゃーと泣きながら手足をバタつかせる健康そうなハチワレの子猫が、しっかりと掴まれていた。
飯島が「この子です!」と感涙した様子で言った。西木が微笑みながら肩を竦める。
「灯台下暗しね」
茅野は寝転がる桜井から子猫を受け取り、飯島は自分の自転車の籠から折り畳み式のケージを持ってきて組み立てた。
そして、子猫をケージに入れる寸前だった。
「本当にありがとうございました。お二人がプロのトラブルシューターっていう噂は本当だったんですね」
と、興奮気味に語る飯島の言葉に茅野は特に反応を示さず、子猫を抱えあげたまま眉間にしわを寄せた。
「どうしたの? 茅野っち」
西木の問いに茅野が子猫に視線を向けたまま答える。
「この子、ずいぶんと足元が汚れているけれど」
「ああ、確かに」
桜井が頷く。本来は白いはずの猫の足首や肉球まわりがどす黒く汚れている。茅野は神妙な表情のまま言葉を続けた。
「これ、たぶん血よ」
「血!?」
飯島の表情が凍り付く。そこで茅野はようやく微笑みを浮かべた。
「でも、別に、この子が怪我をしているとかではないみたいね」
「良かった……」
飯島は、ほっとした様子で胸を撫で下ろした。しかし、すぐに不安げに首を傾げる。
「じゃあ、いったい、この血は……」
「まだ血液だと断定はできないけれど……梨沙さん、私の鞄から、鋏を取って頂戴。少しだけ、足の毛をいただくわ。家に帰ってルミノール反応を見てみましょう」
「ル、ルミノール反応って……ずいぶん、本格的なんですね」
どん引きする飯島を他所に足の毛を採集する桜井と茅野。
そして、ようやくケージの中に入れられた子猫は、何かを諦めたように大人しくなっていた。




