【13】後日譚
二〇二〇年十二月十四日の放課後。
部室棟二階の隅に位置するオカルト研究会部室にて。
「そういえば、頭蓋骨が見つかったみたいだね」
そう言って、桜井梨沙は近くで買った黒豚肉まんを頬張った。すると、湯気を立たせた珈琲に投入した三つの角砂糖が崩れゆくのを何となく見下ろしていた茅野が、視線をあげた。
「ネットやテレビでは、大騒ぎになっているわね」
「きっと、その荒神なんとかさんが、うまくやったのかもね」
あのあと、けっきょく野田啓二は知己であった霊能者の荒神塔子に、千洗ダムで撮影された生首の心霊写真の鑑定を頼んだらしい。それで、彼女の霊視により、千洗ダムに丹沢空の頭部が遺棄された事が判明した。
そこで“狐狩り”である荒神が特定事案対策室を通じて県警に要請し、彼女の頭蓋骨を発見するに到った。警察の調べでは、頭蓋骨の頬や顎、額などに刃物による傷跡があり、鼻骨が折れていて、前頭骨と頭頂骨の境目付近が大きく欠けていた。犯人は切断した被害者の頭部に、おびただしい損傷を与えていた事が判明したのだという。
因みにまだ裏付け捜査が終わっていないのか、犯人が野田真帆絵である事は明かされていなかった。
「……それより、梨沙さん」
桜井はもぐもぐとやっていた黒豚肉まんを温かいほうじ茶で飲み下して返事をする。
「何?」
「メディアの報道では、丹沢さんの頭蓋骨には刃物の傷跡があったらしいけれど、いったい彼女はなぜ切断した生首を傷付けるような事をしたのかしら?」
「さあ。嘘を吐かれて腹が立ったとか?」
「その可能性も、当然あるとは思うわ。アメリカの連続殺人鬼のエドモンド・ケンパーは切断した母親の生首に、おぞましい行為の数々を行い、自らの憎しみをぶつけた。だから、あり得ない話ではないけど、そんな相手をわざわざ思い出の場所に捨てたりするかしら? 何かの合理的な理由があったのかもしれないわ。今となっては、流石に知りようがないけれど」
「最後に謎が残っちゃったね」
桜井は残念そうだったが、茅野はまるで蓋の閉じた玩具箱を目の前にした子供のように楽しそうだった。
「たまには、こんなのも良いじゃない」
「で、例えば、どんな合理的な理由があったのか、仮説で良いから聞かせてよ」
「そうね……」と茅野は、数秒間だけ思案顔を浮かべた後で口を開いた。
「目的があって生首を持ち帰ったのだとしたら、頭蓋骨についていた刃物の跡にも何かの意味があるはずよ」
「例えば?」
「そうね。肉をそぎ落としたとか」
塁市にある実家の二階の和室で、野田啓二は日に焼けた畳の上に座りながら、段ボール箱をあさっていた。それは妹の遺品がしまってある箱の一つだった。
「ううう……真帆絵、嘘だよな? 人を殺しただなんて……」
啓二は真帆絵の遺品の中から、彼女が犯人であるという説を覆す証拠を見つけようと躍起になっていた。
「真帆絵……優しいお前が……そんな馬鹿な事が……」
あの栄田とかいう女が口にした推理では、真帆絵は兄の言う通りだった事が我慢ならなくて殺人を犯したという事になる。もしも、それが本当ならば、真帆絵は相当兄を嫌っていた事になる。
「そんなはずがないよなあ……お前は何だかんだと素直になれない事が多いだけで、お兄ちゃんの事が大好きだったもんなあ……」
嫌われていたはずがない。
なぜなら、事件の三日後に真帆絵がとつぜん実家に帰ってきた。理由を尋ねると一人でいるのは、不安だからと照れ臭そうに答えた。
無理もない。あんな凄惨な死体を目にしてしまったのだから。
そのとき、真帆絵は手作りカレーを作ってくれた。スパイスから調合した本格派で、肉は子羊の肉だった。
冷凍だからなのか、もともとそういう味なのかは、子羊の肉を食べた事のない啓二は判断がつかなかったが、肉はパサパサしてて少し古い味がするような気がして、美味しくなかった。しかし、それを差し引いても、妹の手料理というだけで、彼にとっては最高級の味わいだった。
けっきょく妹は大学の試験があるとかなんとかで、義与のアパートへ帰っていったが、嫌いな相手にあんな心の籠った料理を作れる訳がないではないか。
「……そういえば、真帆絵は好きだったな。こういうの」
そう言って、手に取ったのは『世界オカルト大全集』というコンビニなどで売っていたムック本だった。
何となく、そのままパラパラと頁を捲ると……。
『人肉を食べてはいけない理由 パプアニューギニアの奇病』
という見出しが彼の目に飛び込んできた。
「何だっけこれ……」
最近、どこかで同じような話を見聞きしたはずだが、思い出せない。
そこで啓二は、最近物忘れが激しくなっている事を自覚した。
(了)
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