【08】鬼面の正体
玉城が一連の経緯を語り終えると、今度は茅野が自分たちのいきさつを語る。そこで、玉城はドライバーの杉本が既に殺されている事を知った。驚く彼女を後目に茅野は淡々と言葉を続けた。
「……それで、ロケバスを調べている最中に、眼鏡を掛けた男に襲われたのだけれど、こっちの梨沙さんが……」と、桜井の方に目線を向けてから言う。
「撃退したわ」
「撃退!?」
玉城は目を丸くして驚く。そして、桜井の方を見て、茅野へ視線を戻し、もう一度、桜井を見た。この小さな、少しぼんやりとした少女が、あの狂乱状態だった見上を撃退したなど到底信じられなかった。
「安心して。手足を拘束しておいたから大丈夫よ」
「拘束!?」
再び玉城は声を張り上げる。そして、色々とおかしい事に気がつき始める。
まず、この少女たちは自分の話を聞いても一切驚きもしなかったし、疑っている様子もなかった。そして、彼女たちの話が本当ならば、杉本の死体を発見した時点で警察に通報するはずだ。しかし、そうした様子は一切ない。
「け、警察に……」
急に恐ろしくなってきた玉城は声を震わせる。それとは対象的に茅野が落ち着いた声音で言う。
「大丈夫よ。後で信頼できる警察関係者と連絡を取るから。そもそも、普通の警察に今の話をしても信じてくれないと思うわ」
そうではなく、怖いのはお前らだ。
しかし、その本音を口にする勇気はなかった。
何も言えずにいると、桜井がぼんやりとした視線で周囲の暗闇を見渡しながら口を開く。
「……特に誰かの気配は感じないけど、どうする?」
「兎も角、一連の出来事の原因が霊障であると判明した訳だけれど、ますます九尾先生の見解が聞きたくなったわ」
「だね」
桜井が茅野に同意する。そして、ネックストラップのスマホを手に取って画面を見つめた。
すると、そのタイミングでちょうど九尾からの着信があった。
「おっと。噂をすれば、何とやら」
「梨沙さん、スピーカーフォンにして頂戴」
「りょうかーい」
桜井は電話に出た。
『また、あんたら変な場所に行ってるでしょ!』
その九尾の呂律の回らない声が、桜井の右手のスマホから響き渡ったとき、玉城は思った。この人、ずいぶんと呑んでいる。大丈夫なのだろうか。
その不安を見透かしたのか、茅野が「大丈夫よ。この人は霊能力だけなら本当に素晴らしいから」とフォローする。
「れ、霊能力!?」
その現実離れしたワードに面食らうが、同時に今のこの状況をどうにかするには、そうした力が必要不可欠なのかもしれないと思い直す。
そして、その霊能力を持ち合わせているという本人は『だけってどういう事なのよ! だけって!』と声をあげていた。やはり、玉城は不安になる。この人に素晴らしい霊能力など本当にあるのだろうか。
そんな玉城の不安をよそに、茅野が雑談でも始めるかのような調子で一連の経緯をできるだけ簡潔に要点をまとめて話し始めた。すべて語り終えると九尾は、少し考え込んだ様子の沈黙を経て、己の見解を述べた。
『恐らく、土着信仰に根差した呪術と蠱術を複合したものね。似たような術に心当たりがあるわ』
「……どういう事?」
桜井が促すと、九尾は更に言葉を続けた。
『たぶん、その社の中の鏡が御神体で、その鏡を見ると、赤目家が祀っていた氏神の使いに取り憑かれるんだと思うんだけれど……』
「じゃあ、玉城さんの話にあった、鏡の中だけに映る狩衣姿の般若のような面を被った何かは、その氏神の使いって事なのね?」
この茅野の問いに九尾は『ええ』と返事をしてからつけ加える。
『そうね。たぶん、普段は社の中の御神体の中にいて、向かい合わせの鏡から鏡へと移動できる。鏡の中にいるそいつを目にしない限りは取り憑かれる事はない』
「何だ。案外、しょぼいね」と桜井が気楽そうな声をあげる。茅野は玉城へと視線を移すと、九尾に疑問を提示した。
「一つ疑問なのは、彼女も御神体の鏡を見ているわ。それなのに、取り憑かれていないのは何故なのかしら?」
少し考える間があり、九尾の声が受話口から鳴り響く。
『直接、彼女を視ない事には何とも言えないけれど、よほど“相性”が合わなかったのか、それとも、彼女には“資質”があったのか……』
万物には“相性”というものが存在する。基本的に霊的な存在は、この“相性”が合わない限り、人間に被害をもたらす事はできない。
そして、霊的な存在との“相性”は些細な事で簡単に変化する。例えば縁起の悪い言動を取ったり、その霊的存在と関係の深い場所に立ち入る、もしくは、物に触れるなど。
そうした行為を行い、霊的存在と“相性”が近づき、何らかの被害を受ける事を“呪い”や“祟り”という。
『ただ……この氏神の使いは、いったん、憑かれてしまうと、けっこう厄介なタイプね』
「というと?」と、茅野に促されて九尾が理由を答える。
『早く除霊しないと、憑依された人の命が危険なのだけれど、その氏神の正体が巧妙に隠蔽されていて、祓うのが、かなり難しい』
「九尾センセでも?」
桜井の問い掛けに、九尾は『ええ』と返事をして言葉を続けた。
『たぶん正体は、その氏神を象徴する何かの動物の霊を蠱術で使役したもので、それが何の動物なのか解れば祓うのは、それほど難しくはないんだけど……』
「じゃあ、その般若の面を被って狩衣を着た姿は、仮の姿って事?」
『そういう事ね。普通はここまで完璧に隠蔽する事はできなくて、どこかにその動物の名残が出るものなんだけど、尻尾とか耳が出てたりとか……梨沙ちゃんから送られてきた写真を見る限りでは、どう見ても般若の面を被った狩衣姿の人間にしか見えない』
そこで茅野は思案顔を浮かべながら独り言ちる。
「兎も角、その動物が何なのかを突き止めればいいと……」
そして、唐突に玉城の方に目線を向けた。そして、質問を発する。
「玉城さん」
「何?」
「もしかすると、貴女、煙草を吸ったりするのかしら?」
「どうして、それを……」
玉城は突然の指摘に目を白黒させる。すると茅野は不敵に微笑んで、あの言葉を口にした。
「だいたい解ったわ」
「だいたい……解った?」
玉城が首を傾げると、桜井が自慢げに言った。
「循がだいたいの事を解ったと言うときは、本当にだいたいの事が解ったという事なんだ」
玉城は「はあ……」と言うしかなかった。
そして茅野は自分のスマホを取り出しながら言う。
「取りあえず時間がないみたいだし、篠原さんに連絡して、ちゃんとした霊能者を手配してもらいましょう」
「センセ、だいぶ酔っ払ってて、やっぱ使い物にならなそうだし」
その桜井の言葉に受話口の向こうから、九尾が『使い物にならないって何よ!』と抗議の声を上げていた。ただ、くだを巻く酔っ払いである。
玉城は本当に使い物にならなそうだなと思った。




