【04】地震発生
日が暮れ始めた頃。
庭先で薄黄色の八手が花を咲かせた家の門前で、インタビューが始まる。
「……八十上村? あんま、あっちの方はいかねえから」
と、この地方特有のきつい訛りで答えたのは、モノトーンの格子柄のシャツに臙脂色のチョッキを着た六十代くらいの男だった。
彼の名前は前田清志。この家の住人である。
「では、呪いの鏡について何か聞いた事はありませんか?」
この質問を発したのは、赤いチェックのスカートで、黒いタイツにロングブーツを穿き、白いファーコートを着た清楚な雰囲気の女だった。
彼女の名前は玉城ゆい。元国民的アイドルグループ出身のタレントで、今回のロケのリポーターを務めている。その玉城の問いに前田は首を振った。
「いんや。ただな……」
と、彼は左側の方向――蛟谷集落の奥へと視線を向けて言った。そこには八十上村へと続く橋があった。
「……子供の頃、あの橋を渡っちゃなんねえって、親から良く言い聞かされてて……」
「どうしてですか?」
「お化けに目ん玉食われるって」
「お化けに目玉を食われる……?」
玉城の言葉に前田が神妙な顔つきでゆっくりと頷く。しかし、すぐに鼻を鳴らして苦笑する。
「まあ、あっちは危ないから、子供が怪我しないようにって事なんだろうけど……」
「ああ、なるほど……他には、何かありますか?」
この質問に前田は「いいや」と首を振った。
そこで、玉城は礼を述べてインタビューを締めくくった。すると、赤いキャップと黒のベンチコートを身に着けたディレクターの門脇が声を張りあげた。
「はい、OK」
その彼の声で黒のダッフルコートとジーンズを穿いた口髭の男が、掲げていたガンマイクのポールを下ろす。ベテラン音声の満田万太郎である。
そして、カメラマンの建内史郎も担いでいたカメラを下ろした。彼は学生時代にラグビーをやっていたらしく、身にまとっている厚手のパーカーとスケーターパンツ越しにも、その体格の良さが窺えた。
その横にはフードつきの黒いマウンテンパーカーとジーンズを穿いた眼鏡の男がレフ板を折り畳んでいる。彼の名前は見上和樹。照明とカメラアシスタントを務める。
それから、共に似たようなウィンドブレイカーとジーンズ姿の鵜飼が、前田に向かって再度お礼の言葉を述べ、一行は路肩に停めてあったロケバスに乗り込んだ。
全員が座席に着いたところで、ドライバーの杉本大介がロケバスを走らせる。
こうして『今夜はテレビでないと!』のロケ隊一行は、軽トラックがやっと通れるぐらいの橋を渡り、蛟谷集落の奥にある谷間の対岸へと辿り着く。
それから、バスに杉本を残して、門脇、鵜飼、武中、満田、見上、玉城の六名は、扇形に広がった空き地の奥にある未舗装の道の先――八十上村へと向かった。
日没。
黄昏色の空が闇色に染まる。
古びた木造建築のトタン屋根を覆い尽くすのは、大量の蔦であった。格子の窓硝子は砂埃で曇り、外壁は色褪せていた。とうぜん、人が暮らしているような気配はまるでない。
その廃屋の玄関の庇からは、楕円形の化粧鏡が布紐によって吊るされていた。
地面は枯れ葉の絨毯と苔むした石、枯れた雑草で覆われている。どこからともなく、落ちて潰れた柿の発酵した臭いが漂ってくる。
八十上村である。
廃屋の軒先や玄関の戸に吊るされた鏡は、壁掛けのレトロな化粧鏡が多かったが、中には江戸時代に作られたとおぼしき、金属製の柄鏡もあった。針金で結わえられて吊るされたものや、布紐で吊るされたもの、網に入れられたものなど様々だった。その多くは雨水や砂埃で曇っている。とうぜん、割れ落ちた鏡もたくさんあった。
その鏡に対するリアクションをカメラの前で取りながら、玉城ゆいはほっと胸を撫で下ろす。彼女の瞳には廃屋や雑草の間に佇む、この世ならざるモノたちの影が映っていたが、どれも敵意を向けてくる様子はない。
沖縄生まれでユタの血を引く玉城は、人ならざるモノを視る才能を持っていた。とはいっても、はっきりと感じる事ができる訳ではないし、祓ったりする事ができる訳でもない。
しかし、この力は、彼女のタレントとしての武器の一つとなっていた。
「別に嫌な気配は感じませんね……」
玉城はカメラの前で感じたままの事を口にした。すると、プロデューサーの門脇が困り顔で声を張りあげる。
「……玉城ちゃん、駄目だよ。もっと、怖い感じで“寒気がする”とか“嫌な気を感じる”とか、それっぽい事を言ってよー。撮れ高になんないからさー」
「はあ……」
「霊感キャラで売ってるなら、もっと、気の利いた事を言えるようにならないと……」
「ごめんなさい……」
玉城は謝罪の言葉を口にするが、内心でうんざりしていた。
霊感持ちである事はデビュー当初から公言しており、その手のキャラ作りのためにオーバーな言動を取ったりした事もあったが、自分から嘘を吐いた事は一度もなかった。
しかし、テレビ番組の収録では、時おり自分が感じた事とは逆の事を言うように強要される。
この門脇もそうだが、基本的に誰も自分の言う事を信じていないのだ。端から霊感などキャラ作りのための嘘だと決めつけて掛かっている。彼女の能力を信じているのは、仲の良いマネージャーぐらいのものだったが、現在は別な現場におり、このロケには同行していない。
「……それじゃあ、今のところ、もう一回、撮り直すから……」
門脇の言葉に深々と溜め息を吐き、カメラの前に立つプロとして、玉城は気を引き締め直した。
すると、その瞬間だった。
足元を突き上げるような衝撃があり、地面が揺れ始めた。




