【12】ヘラ神様
まず二人が門の中に足を踏み入れると、縁側や玄関にいた小面が襲い掛かってきたが、これを難なく撃破する。
それを見た朽木と早瀬は目を見開き、柏崎の顔を見た。柏崎は肩を竦めて、首を横に振った。
そんな常人たちのやり取りを背にして、桜井と茅野は屋敷の中へと足を踏み入れる。
「たのもー!」
桜井は勢い良く玄関の板戸を開けた。
すると、横に長い三和土があり、右側には土間が広がっていた。その奥には竈や流し場が見える。どうやら台所のようだ。
土間の入り口から壁を挟んで左側には上がり框があって、囲炉裏のある座敷が奥に見えた。上がり框の左側には縁側が延びている。
因みに土間には包丁と横槌を手にした小面がいたが、これも特に労する事なく桜井が撃破する。
二人は左側の囲炉裏のある座敷へと向かう。
そこは向かって奥に二つの板戸があり、左側には襖があった。そして、左奥の角の天井付近には神棚が見える。
その神棚を見あげながら茅野が指を指す。
「見て。梨沙さん」
「どれ」
桜井も神棚を見あげる。
「……あそこに御鏡があるけれど」
茅野はペンライトで、神棚に祭られた丸い鏡を照らしながら言葉を続けた。
「光が反射し辛いように傷つけられている」
「本当だ」
桜井は神棚から、茅野の方へ目線を向けて言う。
「そういえば、忌山では鏡とか光る物も持ち込んじゃいけないんだよね?」
「そうね。その禁忌に関係しているものだと思うけれど……」
そのあと二人は神棚の前から離れ、玄関側から向かって奥にあった二枚の板戸を順番に開ける。
右側の板戸は台所に通じており、左側の板戸は畳に絨毯を敷いた部屋へと通じていた。
二人は絨毯の部屋を探索する。
その部屋には洋風の調度品が並んでおり、向かって右の壁には板戸があって、こちらも台所に通じていた。反対側の左の壁には襖がある。
部屋の中央には一本脚のティーテーブルが置かれていて、その周りを四脚のリビングチェアが囲んでいる。台所へと通じる戸の右隣にあった棚には、ティーカップやソーサーなどの茶器が納められている。
奥の裏庭に面した窓の左側には、針が止まったままの大きな柱時計が置いてあり、その反対側には書架があった。
茅野が納められた本の背表紙をざっと改めるが、オカルト的に目を引くものは特になかったようだった。
「図鑑や辞典ばかりね。年代物だから希少価値はかなりありそうだけれど……」
「あたしたちの求めるものとは違うよね」
二人はいったん囲炉裏の間に戻り、玄関側から向かって左側の襖の方へと向かった。
桜井が右手で斧を構えたまま、その襖を開ける。すると、勢い良く何かが飛び出して来た。それは木刀の先端であった。
「むっ」
桜井は、即座に半身になって、その突きをかわした。背後にいた茅野は襖の前から台所へ続く板戸の前へ移動して距離を取る。
すると半開きになっていた襖が開き、小面が顔を覗かせた。しかし、その小面が右手の木刀を構え直す前に、桜井の手斧が顔面に叩き込まれる。瞬く間に崩れ落ちて動かない人形となった。
「ふう……不意打ちとは油断ならないね」
と、その言葉の意味とは程遠い、呑気そうな声をあげて桜井は一息吐いた。そして、襖の奥にあった部屋を見渡す。
すると、そこには……。
「骨だ」
白骨死体が畳の上に横たわっている。服装を見るに、どうやら十五年前に行方不明となった大学生らしかった。そして、奥の壁に開かれた押入れがあり、そこにも白骨があった。
茅野と桜井はさっそく遺品を物色する。当然ながら、着替えや応急セット、水筒、地図など、山歩きに必要なものばかりであった。カメラや携帯電話、ボイスレコーダーもあったが、どれも電源は付かずに中身は確認できない。
しかし、メモ帳とノートが見つかった。
「いいわね……こういうのホラゲっぽいわ」
「今の循、高級なお寿司屋さんのカウンターに座ったときのような顔をしているよ」
「それは、そうなるわ……」
茅野は興奮した様子で瞳を輝かせたのち、まずはノートを手に取り、頁をめくった。そこに記された文字を目で追う。
そうして、しばらく経つと、茅野は紙面から目を離さずに声をあげた。
「彼らは、この辺りに伝わる『田の神、山の神』の民話を調べていたらしいわ」
「たのかみ……やまの……かみ?」
桜井が首を傾げると、茅野はノートを読みながら解説する。
「山の神が春に降りてきて、田の神になり恵みをもたらして、再び秋に里を離れ、山の神に戻るという話をしたでしょう?」
「あー」
桜井が三叉路の奇妙な石碑の前で聞いた話を思い出しながら言った。茅野は言葉を続ける。
「その山の神は女神で不細工であるとされる事が多いのだけれど、あるとき、里に降りてきた彼女は悟ってしまったの」
「何を?」
「自分が不細工だという事をよ」
「よく、それまで気がつかなかったねえ……」
桜井が目を白黒させて言った。茅野は苦笑しながら頷き、話を先に進める。
「そこで、山の神は、急に里に降りるのが恥ずかしくなって山に引きこもってしまったの。そうなると、困るのは里の人間たちよ」
「あー、山の神様が田んぼの神様にならないから、恵みが少なくなる?」
この桜井の言葉に茅野は「そうね」と頷く。
「……それで、いろいろとご機嫌を取ろうと里の人間たちは画策するのだけれど、どれも効果はなく逆に山の神はますます機嫌を損ねてしまうの。それで、最終的に里の人間はどうしたと思う?」
その茅野の問いに、桜井はしばらく難しい顔で考え込んでから口を開いた。
「そんな、ヘラった面倒な神なんか捨てて他所の土地に移った!」
「私でも、そうすると思うわ。でも不正解よ」
茅野は右手の人差し指を伸ばして横に振り答えを述べる。
「……里の人間たちは、山の神に虎魚の干物を捧げたのよ」
「オコゼって、あの唐揚げにすると美味しいオコゼの事?」
意外な答えだったらしく、桜井は大きく目を見開く。茅野は頷いて話を続けた。
「そうよ。あの虎魚よ。理由は虎魚が不細工だから。自分より不細工なものを見れば、山の神も気を良くするかもしれないと、里の人間は考えたらしいわ」
「もう、やぶれかぶれだったんだね」
「でも、結果は大成功。山の神は虎魚の顔を見て『私より不細工だ』と大喜び。また里に降りてきてくれるようになったそうよ。以来、山で暮らすマタギたちは、お守りに虎魚の干物を持ち歩くようになったのだとか」
「ふうん……山の神って陰キャっぽいね」
桜井が率直な感想を述べると、茅野は再びノートに視線を落として口を開いた。
「……今の話が『田の神、山の神』という民話なんだけれど、この辺りに伝わっている『田の神、山の神』は、それとは少し違うの」
「どんな風に?」
「話の最後に、不細工な虎魚を捧げて山の神の機嫌を取ったでしょう?」
「うん」
「でも、この辺一帯に伝わる話では、醜い顔を隠せるお面を奉納したらしいわ」
「お面……」
桜井は畳の上の自らが割った小面の面へと視線を向けた。




