表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
644/847

【04】穴仏集落


 やがて視界が開ける。

 道の右側には下り斜面があり、棚田が折り重なっている。そこでは色づき始めた稲穂が(ひし)めいていた。

 そして反対の左側には、二メートル程度の高さはある苔むした石垣が連なっている。その上部の斜面には、いくつかの日本家屋が建ち並んでいた。

 どの家も古びて見えたが立派な佇まいであった。庭木や生垣はよく手入れされており、立派な蔵がいくつか見えた。

 その石垣沿いにしばらく進むと、上へとあがるコンクリート舗装の坂道があった。車を乗り入れる事ができない幅であり、この坂道の他に石垣の上へと向かう術はなさそうだった。

 どこかに駐車場を探さなければならない。

 しかし、それよりも瀬戸内が気掛かりに思ったのは……。

「……まただ」

 棚田の(あぜ)の到るところに、人影があった。

 すべてが若い男だった。さっきのカーブの所にいた少年と同じ雰囲気を漂わせている者、瀬戸内のようにスーツ姿の者もいた。

 その全員が視線をあげて、瀬戸内が運転する黄色いハスラーの動きを目で追っていた。

「……何なんだ? あいつら」

 怖気に顔をしかめる瀬戸内。

 やはり、この若者たちは、穴仏集落の住人なのだろうか。しかし、それにしては、似つかわしくない。そもそも、こんな山間の集落に、これだけ大人数の若者が暮らしている訳がないではないか。

 コロナ禍によって集落を出た若者が戻ってきた……Iターン希望者に向けた自治体の助成金目当てに集まった者たち……どれもしっくりとこない。

 そうやって首を傾げていると、前方に左曲がりのカーブが見えてくる。そして、そのカーブの手前……正面に、杉林に囲まれた円形の土地があった。そこには十数台もの車が停められている。どうやら、駐車場らしい。

 瀬戸内は、その円形の土地にハスラーを乗り入れる。区画を表す線はなかったので、適当な空きスペースに停車して運転席を降りる。

 扉に鍵を掛けて、停めてあった車を見渡す。

 車種は様々で県内のナンバーが多かったが、隣県のものも散見された。中には都内のナンバーも見受けられた。

 そこで再び瀬戸内が首を傾げる。

「……これ、あいつらの車か……?」

 ここにある車が、あの立ち尽くしていた若者たちの物だとすると、彼らはやはり集落の外からやってきたらしい。その事は確実なようだ。

 では、何の為に……。

 彼らは、この集落で何をやっているのか。

 新たな事実が判明した瞬間に、再び謎は振り出しに戻る。

「……何なんだ?」

 寒蝉(つくつくぼうし)の鳴き声が耳を打つ。ゆっくりと左のこめかみから冷や汗が滴った。

 心の奥底から湧きあがる言い様のない不気味さ。この先に踏み込んではいけない。第六感が脳内に警鐘(けいしょう)を鳴らす……。

 しかし、もう後戻りする事などできはしないのだ。瀬戸内は思い直して駐車場を出た。石垣の上へとあがる坂道へと向かう。

 なぜなら、自らの個人情報はすでに特殊詐欺グループを仕切る何者かに知られてしまっている。

 逃げたら何をされるのか、解ったものではない。

「……大丈夫。気のせいだ。ビビるな」

 瀬戸内は自分に言い聞かせるように独り言ち、坂道を登った。それから、石垣の上に広がる集落の細い路地や石段を渡り、ターゲットの家の前に辿り着く。

 その門柱には『鹿田(かのた)』と書かれていた。敷地に足を踏み入れて、波板張りの玄関ポーチの前に立った。その入り口の右手にあったインターフォンを押す。

 すると、じきに家の中から微かな気配と、物音が聞こえてきた。




 その三十分前であった。

 桜井と茅野を乗せた銀のミラジーノは、穴仏集落に辿り着いていた。

 道の右側には下り斜面の荒れ地が広がっていた。かつては棚田だったらしく、在りし日であれば色づき始めた稲穂で埋め尽くされていたはずだった。しかし、今や見る影もなく、(くず)(すすき)などの野草によって覆い尽くされている。

 そして左側に連なる石垣はところどころが崩れ落ちており、その上には熊笹の藪と、かつての集落の残骸が野晒しになっていた。

 立派な日本家屋だったであろうそれらは、焼け焦げて崩れ落ち、今にも朽果てそうだった。

 とうぜんながら周囲に人の気配はまったくない。

 その荒涼とした光景を横目で見つつ、桜井は「これは、そそるね」と感想を漏らした。

 そうして銀のミラジーノは、ひび割れて雑草が飛び出たコンクリートの坂道の前を通り過ぎる。

 すると、茅野がスマホに目線を落としながら声をあげる。

「……この先に、廃車置き場が(・・・・・・)あるらしいんだけど(・・・・・・・・・)、そこに車を停めましょう」

「廃車置き場……? あれか」

 前方に左曲がりのカーブがあり、その手前に、杉林に囲まれた円形の土地の入り口があった。そこには、いくつかの車が停めてある。

 すべての車が長い間放置されていたらしく、ボロボロに錆びついてた。

 桜井は、その“廃車置き場”へとミラジーノを乗り入れて適当な場所に停車する。

 それから、茅野と共に車を降りるとトランクから荷物を取り出して、探索の準備をし始めた。

 その最中、桜井が周囲を見渡して、ぽつりと疑問を発した。

「この車って何なの……?」

「さあ」と、茅野が肩を(すく)める。そして、デジタル一眼カメラの撮影準備をしながら言った。

「それも、このスポットの謎の一つよ。単なる不法投棄という見方が主流だけれど……」

「ふうん」

 気のない相づちを打ちつつ、桜井は周囲の廃車をネックストラップのスマホで撮影する。

「……取り敢えず、幽霊が出るという(・・・・・・・・)鹿田家跡(・・・・)に行ってみましょう。何も残っていないらしいけれど、焼身自殺した老夫婦の霊が瓦礫(がれき)の中に佇んでいるというわ。そのあと、集落の奥にある血の涙を流す石仏を見に行きましょう」

「いいねえ」

 こうして二人は、いつものハイカー(づら)で廃車置き場を出ると、石垣の上へと登る坂道を目指したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] さらっと認識をちょこちょこしてませんかあなた? いや、まぁ、この話でそれぐらいで済むなら別に良いんだけどさ。取り敢えず、名簿に載ってたのが誰かはほぼ確定してる感あるからそこは置いてお…
[良い点] 続きが気になりますねぇ 全裸で待機してます
[一言] これもしかして二人と棚田で別の空間にいる?二人は現実世界、棚田は異界って感じで。 あの廃車群も呪いの名簿でこの集落跡にやって来て今回の棚田の様に異界へ引きずり込まれた被害者達の車だったりして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ