Interlude やべーやつランキング
*一話、幕間を挟んで明日からFile42に移ります。
それは二〇二〇年八月二十日の事だった。
この日、桜井梨沙は姉夫婦が経営する『洋食、喫茶うさぎの家』で、朝から昼までバイトをこなした。
そして、午後一時頃にシフトを終えると、店内で待っていた茅野循と一緒に昼食を取り、連れだって帰宅する。
そのあと桜井は自室に茅野を待たせ、シャワーで労働の汗を流したあと、よく冷えた麦茶と水羊羹を用意した。そして、
「いい加減、夏休みの宿題をやろうと考えている」
などと、凛々しい顔で決意表明すると、勉強机に向かってノートや問題集を広げだした。
茅野の方は適当に寝転んでスマホを弄りながら、オカルト系動画チャンネルを梯子する事にした。今後のスポット探索のネタ探しである。
しばらくの間、冷房の送風音と桜井の「あーでもない、こーでもない」といったような唸り声だけが、室内の空気を僅かに震わせる。
そうして、午後三時半を回った頃だった。興味を引いた心霊スポット凸動画や怪談動画をあらかた見終わり、一区切りついた茅野はベッドから起きあがった。室内中央のちゃぶ台に置かれた麦茶のグラスで喉を潤おす。そこで、ふと、桜井の様子を窺った。
背を向けているために顔色は解らないが、ずいぶんと集中しているようだった。
茅野は、くすり……と、微笑む。そして、桜井へと声をかけた。
「梨沙さん、そろそろ休憩した方がよいのではないかしら? あまり、根を詰め過ぎても効率が悪いわ」
すると、一拍遅れて桜井が反応を示す。顔をあげて振り向いた。
「うーん、なかなか、決まらなくてさあ……」
「何なのかしら?」
茅野は、きょとんと首を傾げ、悩める相方の肩越しに机の上を覗き込んだ。
すると……。
ランク
【E】 チンピラ×3 スウェーデン 黒狛のクレイジーサイコ女 脱走した人 五頭町の浮気カップル トシヤンソンママ ブリーフおじ 岡村さんのサイコパパ カルトサイコババア いきいきの里のサイコ野郎 外人さんのあとに地下から出てきた人
ランク
【D】 ラブホおじ シャイニングおじ 元ヤン 外人さん 探偵さん
ランク
【C】 巨頭さま 志熊さん チョウセンイタチ カーナビ幽霊 囁きの家の人形
ランク
【B】 黒騎士 発狂の家の人形 ナナツメサマ ワインの瓶のやつ 猿夢
ランク
【A】 でかい猿 トンネルのやつら 本職の人 東藤綾
ランク
【S】 くまさん くのぎみかこ 八尺様 hog あの式神 ピラコちゃん 九尾センセ
「これは、いったい、何なのかしら……?」
訝かしげに眉をひそめる茅野の問いに、桜井はどや顔で答える。
「これまでにスポット探索で出会ったやべーやつランキングだよ。まだ完成していないけど」
「やべーやつランキング……チョウセンイタチのランクが高いけど……」
「噛まれると病気になりそうだしね。それに、あいつが天井をドタドタ走ったとき、けっこう、びくっとなった。あと、基本的にどうぶつは侮れない」
「なるほど……でも、そのチョウセンイタチより九尾先生が上なのね。……ていうか、最高位じゃない」
「九尾センセは別な意味でヤバいからね。もちろん、リスペクトの意味も込めてるよ」
「なるほど」と、あっさり納得する茅野であった。
「このランキングは単純な戦闘能力だけじゃなくて、やばさや危険度なんかも加味しているんだ」
“やばさ”と“危険度”の違いがよく解らなかったが、聞いても解らなそうだと思ったので、別の質問をする事にした。
「やはり、東藤さんの評価が高いわね」
「彼女は柔道だけならいちばん上手いよ」
「そう言えば、あれから東藤さんとは連絡を取り合っているのかしら?」
「毎日、メッセージが送られてくるんだけど……」
「どんな?」
そこで、桜井がスマホを取り出し、画面を茅野に見せた。
そこには、メッセージアプリのタイムライン上に東藤から送られた画像が表示されていた。
「ダンベルとプロテインの容器……? これは、どういう意味なのかしら……?」
桜井も首を捻る。
「だいたい、こんな感じで、本人が写っていない、よく解らない画像が送られてくるんだ。本文は一切ないよ」
「どう返信するのが正解なのかしら……?」
茅野は画像を見つめたまま眉間にしわを寄せる。
「……まあ、あたしも、何だかよく解らないけど、ごはんの画像とかを送り返しているよ」
そう言って、画面をスクロールさせる。すると、今度は桜井が東藤に送った画像が現れる。
……山盛りのキャベツにとんかつ、ごはんと味噌汁、煮豆の小鉢であった。
その画像のすぐあとに、東藤から『嬉しい』と吹き出しのついたファンシーなキャラのスタンプで返信があった。
どうやら、正解だったらしい。
「東藤さんも、なかなか独特みたいね」
「そだね」
と答え、桜井は背伸びをすると、腰を浮かせる。
「……さて、久々に頭脳を使ったから糖分を取らなきゃ」
そう言って、勉強机から離れると、ちゃぶ台の前に座る。そして、水羊羹を手に取った。
茅野もその向かいに座り、同じように水羊羹を食べ始めた。
……このあと、桜井梨沙が再び宿題に着手するのは、八月三十一日の事となる。
(了)