表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/847

【05】後日譚


 五十嵐脳病院の探索から数日後。

 藤見女子高校の部室棟二階にあった倉庫は、すっかりオカルト研究会の部室として生まれかわっていた。

 部屋の中央にあるテーブルは学習机を六個合わせた物だったが、それなりに見映えのするテーブルクロスをかけていたのでわりと様になっていた。

 茶器類も百円均一で売っているような安物だったが、ひと通りそろっている。

 かつては雑他(ざつた)な荷物が押し込められていたスチールラックは、すっかり本棚と化していた。

 眼球譚、フーコーの振り子、ドグラ・マグラ、黒死館殺人事件、ケッチャムの長編、ホフマンや岡本綺堂(おかもときどう)の短編集などなど……。

 全部、茅野の趣味だった。

「……くふふふっ。こういう、ライトノベルみたいな部室にずっと憧れていたのよ」

 ご満悦な笑みを浮かべ、電気ポットのお湯を、カップにセットしたドリップ珈琲へと注ぎ入れる茅野だった。

 そんな彼女の様子を、テーブルに頬杖を突きながらまったりと見つめていた桜井が気だるげに言う。

「……でもさー。結局、何にも撮れてなかったよね。幽霊とか」

「そうね」

 五十嵐脳病院でふたりが撮影した動画や写真に、それらしきものは一つも映っていなかった。

「あーあ。せっかく現地まで行ったのに不思議な事は何もなしかあ……」

 と、残念そうな桜井であった。

 しかし、茅野の方は何とも言えない困った笑みを浮かべる。

「それが、そうでもないのよ」

「え?」

 桜井が目を丸くする。茅野はティースプーンでぐるぐるとカップをかき混ぜながら語る。

「実は、あのスマホなんだけれど……」

「ああ。そういえば忘れてた。結局、あれはどうなったの?」

「単にバッテリーがゼロになっているだけだったわ。過放電(かほうでん)のお陰で復活するのにけっこう時間がかかったけど、普通に充電器に繋ぎっぱなしにておいたら動いたの」

「ふうん。何だか解らないけど、結局データは見れたの?」

「ええ……当然ロックはかかっていたけれど、一度初期化してからデータ復旧アプリを使ったわ」

 そう言って茅野は足元のスクールバッグから、あの診察室のベッドの下で拾ったスマートフォンを取りだし電源を入れる。画面を人差し指でなぞりながら操作して、桜井の方へと手渡した。

「その、ピースしてる子が多分、このスマホの持ち主よ」

 画面には友達と一緒に顔を寄せ合い、右手でVサインを作って満面の笑みを浮かべる少女の画像が表示されていた。おさげ髪で口元の右端に黒子(ほくろ)がある。どこかのカラオケボックスで撮られたものらしい。

 桜井は、そこに映っていた少女たちの制服を見て驚く。

「これ、ウチの学校の制服じゃん」

 茅野が神妙な表情で頷く。

「この子、牧田圭織(まきたかおり)って言うらしいんだけど……四年前に死んでいるらしいの」

「四年前……何で?」

 桜井がスマホを茅野に返却する。それを受け取りながら茅野は質問に答えた。

「交通事故。ほら、あの五十嵐脳病院へ向かう途中の坂道に献花(・・)があったでしょう?」

「ああ……あのどうぶつビスケット(・・・・・・・・・)が供えてあった場所?」

「そう。彼女は……圭織さんはあそこでトラックに()かれて死んだの」

「そうなんだ……」

 呆気に取られる桜井に、茅野は追い討ちをかけるように言う。

「それから……これを見て」

 茅野は立ちあがり、本棚に挟んであった郷土史研究会報を抜き取る。それから桜井の隣に立ち、一番最後のページをめくってテーブルの上に置いた。

 そこには奥付けが記してあった。茅野は発行者の(らん)を指差す。その名前を見て、桜井は驚愕(きょうがく)する。

牧田圭織(・・・・)……」

「そうよ。彼女は郷土史研究会だったみたい」

「凄い偶然だね。だって、あたしたち、この郷土史の研究会の会報を見て、あの病院へ行く事に決めたんだもん」

「驚くのは早いわよ。梨沙さん」

「え、まだ何かあるの?」

「私、実は牧田圭織さんの顔に見覚えがあったの。そのスマホの写真を見てびっくりしたわ」

「はい?」

 桜井が眉間にしわを寄せて首を傾げる。

 茅野は再び自分の座っていた席に戻り、少し冷めた珈琲を(すす)った。

「……あの、この部屋を掃除した日、段ボールを運んでいた私にぶつかってきた女がいたでしょ?」

「まさか……」

 桜井が息を呑む。茅野は神妙な表情で頷いた。

牧田圭織は(・・・・・)あのときの女と(・・・・・・・)そっくりなのよ(・・・・・・・)

 流石に何とも言えない表情で固まる桜井。

 ごお……と、古めかしいエアコンが、冷気を吐き出す音だけが部室内に響き渡る。

「……本当に?」

 数秒後、疑わしげな表情で眉をひそめる桜井。

「本当よ。口元の右端の黒子。特徴的だからよく覚えているわ。あのぶつかってきた女も同じ場所に黒子があった」

「何時もの冗談じゃなくて?」

 茅野は、ふっ、と笑って首を横に振る。

「弟の男性器に角が生えているという話は嘘だけれど、こればかりは本当よ」

「え……えっ。ちょっと待って」

「何かしら、梨沙さん」

「カオルくんのアレには、角は生えていないの? それは嘘なのね?」

「当然よ。私の弟は人間だもの」

 平然とした顔で言い放つ茅野に向かって桜井は叫ぶ。

「そっちの方がびっくりしたよ!」

 それは今日一番の驚きの声だった。




 それから、その日の帰り際だった。桜井と茅野が職員室に部室の鍵を返却しに行くと、オカルト研究会顧問の戸田純平が残っていたので、彼に郷土史研究会と牧田圭織について(たず)ねてみる事にした。

「あー、郷土史研究会は何年か前に廃部になったんだが、俺がこの学校にくる前の話だから、よく知らん」

 戸田はいつも眠そうな目をしたビール腹の小汚ない中年だった。因みに生徒からの人望はゴキブリレベルである。

 実際はそれほど悪い人間ではないというのが桜井と茅野の評価であったが、どうにも下品で小汚ない外見が、彼の評判を(いちじる)しく損なわせていた。

 そんな戸田は「ただ、又聞きでいいのなら、少しは話せる事もあるが」と、前置きをして語り始める。

「……その郷土史研究会だが、実は殆ど、まともに活動していなかったらしい。放課後、部室にお菓子や飲物を持ち寄って、だべって終わり」

「あー……」

 あたしたちと同じだ……と、桜井は思ったが、流石にそれを口に出すような事はしなかった。

「ただ、部長の牧田圭織だけは、かなり真面目に活動していたんだそうな。ひとりで会報を発行したりな」

 牧田は休日には単独で地元の史跡や名所を訪ねたり、市の多目的ホールで行われる郷土史をテーマにしたシンボジウムなどにも参加していたらしい。

「……で、彼女が死の直前に興味を持って取り組んでいた研究テーマが、あの五十嵐脳病院……お前らも聞いた事があるだろ?」

「あー……」

 桜井と茅野は微妙な表情で、顔を見合わせる。

「彼女は、その五十嵐脳病院へ向かう途中の道で、交通事故に遇って亡くなった。翌年、部員のほとんどが卒業し、新入部員もいなかった事から郷土史研究会は廃部となったらしい。……と、以上が俺の知っている事のすべてだが」

 そこで戸田はいったん話を区切り、鳥の巣のような頭をボリボリと右手で()いた。

「お前ら、何で、郷土史研究会と牧田圭織の事を俺に聞きにきた?」

「いえ。あの部室を掃除している時に郷土史研究会の会報を見つけたので、少し興味を持っただけです。牧田圭織さんの名前はその会報の奥付けで知りました」 

 茅野が(よど)みなく嘘を吐く。すると戸田は、どこかほっとした表情で再び頭を掻いた。

「そうか……俺はまた、あの部屋で何かあったのかと思ったが、そうじゃないんだな?」

「あの部屋がどうかしたの? 何かあったって?」

 桜井が怪訝そうに聞き返す。

「あそこ、元々は郷土史研究会の部室だったらしい」

 桜井と茅野は驚いて目を見開く。戸田は、どこか言いにくそうにしながらも話を続けた。

「……で、郷土史研究会が廃部になった後、あの部屋を他の部活が使っていたらしいんだが、その……おかしな事が起こるってんでな……。そんな事が続くうちに、誰も立ち入らなくなって、いらない物をぶちこんでおく倉庫になっちまったという訳なんだが」

「おかしな事って?」

 桜井が食い気味に問う。

「おかしな事って、そりゃ……アレだよ。誰もいないはずの部室の中から声がしたり、物の位置が知らないうちに変わっていたりっていう、お決まりのやつだ。俺は物理教師だから、例えば幽霊だとか、そんな非科学的なモンは信じねえけどなぁ……」

 ガハハハと笑う戸田。

 桜井と茅野は渋い表情で再び顔を見合わせる。

「でも、オカルト研究会にはぴったりな部屋だろ? だろ?」

 どや顔をする戸田。どうやら気を利かせたつもりらしい。こういった気を利かせるポイントがずれているところも彼の悪評の原因であった。

 桜井と茅野は、一応、礼を述べて職員室を後にした。




「結局さ。どこまでが偶然なんだろうね」

 生徒玄関で靴を履き替えながら、桜井がぽつりと呟く。

「あの冊子を拾って、会報を作る事を思いついて……あの病院へ行って……スマホを拾って……」

 履き替えたばかりのスニーカーの爪先でとんとんと床を叩きながら茅野が言う。

「もしかしたら、部室を作ろうと思い立った辺りから、彼女の掌の上だったのかしら。私たちはあの廃病院へ行かされて、スマホを拾うように仕向けられた……?」

 部室を作ろうと思い立ち戸田に相談

したのも、会報を作ろうと思い立ったのも、五十嵐脳病院へ行くと決めたのも自分たちのはずだった。

 しかし、もしも、自覚のないうちに他人の意思が介在していたのだとしたら……。

 茅野は言いようのない怖気(おぞけ)を感じて顔をしかめた。

 すると、桜井が玄関から射し込む夕焼けに、(まぶ)しそうに目を細める。

「そんなに、あのスマホが惜しかったのかな? 圭織さんは、スマホを落として取りに戻る途中でトラックに()かれたとか?」

「さあ。それは何とも」

 茅野は肩をすくめた。

 ふたり並んで生徒玄関を後にする。

 同時にテニスコートの方からボールを打つ音と、かけ声が聞こえてきた。

「……でも、スマホって、もうその人の脳の一部みたいなものでしょう? とてもプライベートな情報がたくさん詰まっているわ。もちろん、大切な思い出もね」

 夕暮れ時のそよ風が、茅野の長髪を優しくなびかせた。

「きっと、牧田圭織さんにとって、死んでも忘れがたい何かが、あのスマホにはあったのよ」

 桜井は何かに納得した様子で深々と頷く。

「あー、循みたいにBL漫画をたくさんダウンロードしていたなんて知られたら、成仏できないよね」

「なっ……あ、貴女……なぜ、それを」

「何その裏庭に埋めた死体を発見されたときの殺人鬼みたいな顔」

 桜井の意地悪な指摘に茅野は頬を赤らめながら、こほん、咳払いをひとつして誤魔化す。

「……取り合えず、私たちは、今後も割りと真面目に部活動をしましょう。サボってばかりいると牧田さんに呪われそうだもの」

「そうだね。けっこう楽しかったし。それに、今回、あたしは部活動を通じて、ひとつ大事な事を学べたよ」

 両腕を組み合わせ、鹿爪らしい顔をする桜井。

 茅野は問う。

「あら。それは何?」

「心霊スポットでは、幽霊よりも生身の人間に気をつけよう」

 桜井の答えを聞いた茅野は「それもそうね」と言って、微笑む。




 このあと、ふたりは牧田圭織の家族に連絡を取り、彼女の家へとスマホを返しに行った。






(了)

Next haunted point『弁天沼』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 心霊現象よりゴミ共のほうが印象が強くて、あまりホラーという感じがしない
[気になる点] ひえっ
[良い点] 面白かったです! 最初は今回は余り心霊は関係ないのかな?と思っていたのですが、最後に明かされたスマホの持ち主。 そして一連の流れが、もしかしたら牧田さんの掌の上のことだったのではないか、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ