【05】鍵開けスキル発動
次の日の放課後も、桜井と茅野は西木と共に蛇沼へと向かった。
バス停を降りて、スクールバッグを肩にかけたまま集落内を闊歩する。
この日は茅野の提案で小茂田の家を見に行く事になった。
いくつか確かめたい事があるらしい。
三人は安蘭寺から程近い場所にある集落の外れに向かう。
そこには一際大きく古めかしい家があった。
ぐるりと土塀に四方を囲まれている。塀の高さは二メートルくらいはあった。
両隣は他の家に挟まれており、裏手は竹藪になっている。竹藪の更に奥には幅が三メートル近くある用水路があり、その向こうは田園地帯が広がっていた。
家の前には細い路地が横切り、門は切妻屋根のかかった棟門だった。門扉は硬く閉ざされている。
その前を横切りながら、茅野は険しい表情をする。
西木がヒソヒソと桜井に耳打ちをした。
「茅野っち、どうしちゃったの?」
どうやら一晩経って“茅野さん”から“茅野っち”にクラスチェンジしたらしい。
訝しげに声をひそめる西木に対して、桜井は気安く笑う。
「だいじょうぶ。循は必要な事ならちゃんと説明してくれるし、この手の事で間違った例がないから」
「信用してるんだね。茅野っちの事」
西木は二人の友情に対して柔らかく微笑んだ。すると、そこである事を思い出す。
「……そういえば、桜井ちゃんの方はどうなの?」
「あたし?」
自分を指差して首を傾げる桜井。
「いや、桜井ちゃんは霊能力で何か解ったの?」
その設定をすっかり忘れていた桜井は、
「あー、ちょっと、まだよく解らないかな……」
と、笑って誤魔化した。
次に三人は小茂田家の裏手へとまわる。
裏手の田んぼの方から回り込み、近くにあった用水路の水門の上を渡って竹藪に入った。そのまま小茂田家へと向かう。
裏手の塀には小さな堀門があり、その門扉はどうやら内側から南京錠で施錠されているらしかった。
堀門の門扉をガタガタと揺り動かしてから茅野は思案顔で独り言ちる。
「成る程……」
「どうしたの?」
桜井が尋ねる。
「まずはここを離れましょう」
三人は茅野の提案通り、来た道を戻る事にした。
竹藪を出て水門の上をつたい農道を行く。その道すがらに茅野は語る。
「まず思ったのは、吉島さんが小茂田家にどうやって侵入したのかって事よ」
「ああ。確かに表門も裏門もしっかり閉じられていたね。塀も高いし」
「鍵をかけ忘れていたのかもしれないよ」
と、桜井。
「その可能性は当然あるわ。でも、もうひとつ、おかしな事があるの」
「おかしな事?」
西木が聞き返す。
すると茅野は、それには答えず質問を返した。
「……吉島さんの家って、どこにあるのかしら?」
「え……師匠の家? 当時、師匠が住んでいた家って事?」
「そうよ」
「ここから割りと近いけど……」
西木が戸惑いながら答える。
「今度はそこに行ってみたいわ。案内してくれるかしら?」
「でも、師匠の両親は事件があって、しばらくして引っ越したよ。今は空き家だけど……」
父方の実家が県庁所在地の郊外にあり、吉島の葬儀もそっちの方で執り行われたらしい。
「構わないわ。……というか、好都合かも」
そう言って、茅野は悪魔のように微笑んだ。
かつての吉島拓海の生家は、小茂田の向かいの家の裏手にあった。ブロック塀に囲まれた何の変哲もない二階建てである。
庭先は雑草が伸び放題になっており、窓はすべてカーテンに閉ざされ、中の様子は窺えない。
門の前までくると茅野はあっさりと敷地内に足を踏み入れる。
そして、玄関の庇の奥にある磨り硝子の張った引き戸へと目を向けた。
「玄関の鍵はクレセント錠みたいね」
次に茅野は庭先に足を踏み入れ、雑草を掻き分け始めた。そこに桜井も続く。
「ちょっと、二人とも、どこ行くのよ……」
西木は少し迷った結果、二人の後を追った。
三人は家の裏口の前に辿り着く。
茅野がそのドアノブを握りガチャガチャと捻りながら、
「スタンダードな古いシリンダー錠だわ」
と、言ってスクールバッグの中から布の包みを取り出した。
包みを開くと中には何本かの細い工具が並んでいた。
「誰かがこないか見張っていて」
「へ?」
西木は間抜けな声をあげて目を点にしたが、桜井は平然と「りょうかーい」と声をあげる。
茅野は扉の前に膝を突き細い工具を両手に持ち、それで鍵穴をガチャガチャとやり始めた。
基本に忠実なピッキングである。
「な……茅野っち……」
流石に唖然とする西木。それから、物の数分で裏口の鍵は解錠された。
平然とした顔でピッキングツールをしまう茅野。
「……けっこう時間をかけてしまったわ。最近、覚えたスキルだからまだ修練が必要ね」
そう言って、まるで自分の家であるかのように裏口の扉を開けて中に入る。
「お邪魔しまーす」
桜井も何食わぬ様子で後に続いた。茅野が振り返り扉口の外で唖然としたままの西木に向かって言う。
「あら。どうしたの?」
「い、いや……凄いね。茅野っち……」
「ん? ……それより、早く中に入って」
「ああ、うん……」
西木は渇いた笑いを浮かべた。
吉島家の中には比喩でも何でもなく、何もなかった。
家具も、ゴミも、瓦落多も……。
カーテンの隙間から射し込む光の帯の中に、粉雪みたいな細かい埃がたくさん舞っていた。
「そういえば、西木さんは、この家にはきた事があるのかしら? できれば吉島さんの部屋が知りたいのだけれど」
「流石に家にあがった事はなかったかな……師匠の家に遊びに行きたいって頼んだ事はあるけど、流石に断られちゃって……」
「小学生なのに、けっこうグイグイ攻めてたんだねえ」
と、桜井が関心した様子で頷く。
「師匠が本当にロリコンだったら襲われそうなくらいにはね」
西木は苦笑する。
すると、そこで何かを思い出した様子で、手を叩き合わせた。
「あ、そうだ。そういえば、師匠が前に自分の部屋の窓から藤見祭りの花火が見えるって」
それで『なら花火の時、部屋に遊びに行きたい』と頼んだところ、断られたらしい。
「……という事は、吉島さんの私室は二階の藤見市の方角に窓がある部屋ね?」
「そういう事になるかな」
西木が首を傾げながら答える。
三人は玄関近くの階段を登り、二階にある吉島の私室だった部屋へと向う。
藤見市方面を向いた窓がある部屋はひとつしかなかった。ちょうど家の裏手に位置している。
六畳間で、畳にはベッドや机などの跡がついていた。
壁にはポスターを貼りつけた時のものと思われる鋲の痕が所々に空いていた。
「ここが、師匠の部屋……」
などと西木が感慨に耽っていると、おもむろに茅野が藤見市方面の窓のカーテンを勢い良く手ではねのける。
そして、クレセント錠を押しあげて窓を開いた。
「ちょっ、茅野っち……誰かが見ていたら……」
西木は慌てる。
すると茅野はスクールバッグから愛用のデジタル一眼カメラを取り出す。
「あ、それは、パナソニックのミラーレス……けっこういいやつ使ってるんだね……じゃなくて! 茅野っち!?」
ノリ突っ込みをかました西木を無視して、カメラを構えてレンズを覗き込む。
そして数秒後、カメラをおろし素早く窓を閉めて施錠し、カーテンをひいた。
「だいたい、解ったわ。とりあえず、ここを出ましょう。説明は西木さんの家で」
そう言って部屋を出る。
唖然とする西木に向かって、桜井が得意気な顔で言う。
「“だいたい、解った” あの台詞が循の口から出たって事は、本当にだいたい解った時だよ」
西木は「はあ」と言うしかなかった。
三人は吉島家を後にすると、西木の家へと向かった。