【02】嶽地聖夜
銀のミラジーノは、寂れた通りを抜けて高洗町役場へと向かう。
町のホームページによれば、観光客や登山客に向けて駐車場を開放しているらしい。
くだんの駐車場は広々としており閑散としていた。役場の庁舎共々、老朽化が酷く、至るところにひび割れができていた。
そのひび割れからは、真夏の暑さで草臥れた雑草が顔を覗かせている。
そして、桜井と茅野は車を停めたあとで、玄関近くに置かれた『駐車場管理協力金のお願い』と書かれた看板と、学習机に乗せられた募金箱に気がついた。
どうやら、町の財政はなかなか厳しいらしい。二人は何とも言えない寂寥感に苛まされ、その募金箱の前に立った。
「まあ、百円くらいならいいけどさ……」
桜井はやたらとリアルな猫の小銭入れを取りだし、その募金箱のスリットから百円を投入する。
茅野も革の小銭入れを取りだし百円を入れた。
なぜか神社でもないのに手を合わせる桜井と茅野だった。
その、おふざけを済ましたあとで顔を見合わせる。
「それじゃあ、行きましょう。ここから、三十分ほどで着くと思うわ」
「うん、そだね」
二人は駐車場を後にすると、馬込祥子の遺体発見現場を目指したのだった。
町のメインストリートとおぼしき通りは、とうぜんの如く寂れていた。
シャッターの降りた軒先や、カーテンで内側を閉ざされた硝子戸。
開いている店など、ほぼ皆無である。
しかし、看板を見れば美容院や婦人服、魚屋まであった。それらを見るに、在りし日は結構な賑わいがあった事が窺える。
そんな中、ガードレールのない段差だけの歩道を歩きながら、茅野は嶽地聖夜の事件の起こした概要を桜井に語って聞かせる。
「……嶽地聖夜の獲物となったのは、最後の被害者以外、全員が独り暮らしの留学生だったらしいわ」
「ふうん……」と、気のない返事をする桜井。
「最後の被害者が十三歳の女の子だっけ?」
「そうね」と、茅野が首肯する。
六番目の被害者として選ばれた少女は家族と共に暮らしていた。彼女は学校からの下校途中に人気のない路地で、無理やり車に連れ込まれたのだという。
そのまま、嶽地は車中で犯行を行い、三鷹市郊外の農地脇の茂みに遺体を棄てた。
「鬼畜の所業だね」
桜井は憤慨した様子で眉を釣りあげた。
その右横の車道で、瓦礫を積んだ大型トラックが通り過ぎてゆく。
そこで、茅野が右手の人差し指を立てる。
「取り合えず、最後の事件以外の嶽地の手口は以下の通りよ。まず、駅などで被害者を物色し目星をつける。尾行して住居を突き止め、周辺環境を調べて問題がなければ、被害者が眠りについた後に侵入し犯行に及ぶ」
「侵入の方法は、鍵開けスキル?」
「違うわ」
と、茅野が右手の人差し指を横に振る。
「“こじ破り”を使って、窓から侵入したらしいわ」
「こじ……やぶり?」
桜井が首を傾げ、茅野が解説をする。
「マイナスドライバーを使って、窓枠と硝子の間を叩くの。そうすると、ほとんど音もなく、三十秒程で硝子を割る事ができるわ」
「へえ」と感心した様子の桜井であった。
「日本の空き巣の多くが、この方法を使っているらしいのだけれど……私と比べたらエレガントさにかけるわね」
どや顔で肩を竦める茅野。
どうやらピッキングスキルのない泥棒に対してのマウンティングらしい。
「いや、大っぴらに自慢できる事じゃないよ……」
「そうかしら? ……まあいいわ」
そこで、茅野は自ら脱線させた話を元に戻した。
「……因みに被害者の住居はすべて築年数が古く、防犯能力に乏しいアパートばかりだったそうよ」
どうも嶽地は、いったん獲物を見定めたのち、時間をかけて入念な下調べをしてから犯行に及んでいたようだ。
その際に被害者住居の周囲の環境が犯行に適さなかった場合は、あっさりと見切りをつけて次のターゲットの選定へと移っていたらしい。
「だから、彼のスマホには、かなりの数の外国人女性の写真が収められていたらしいわ。とうぜん、被害者のものも……」
「ああ、確か逮捕の切っ掛けが、それだったんだっけ?」
「ええ」
と、茅野が頷く。
「……三鷹駅構内で、外国人女性を隠し撮りしようとしていた嶽地を駅員が取り押さえた。そこから、事件への関与が浮上したの」
そこで、前方に大きな交差点が見えてくる。
その交差点の手前で止まり、茅野は歩行者用信号のボタンを押した。
しばし、信号待ちをしたのちに横断歩道を渡り、交差点を左へと曲がる。
「嶽地が逮捕されたのが、二〇一四年の四月三日。最初の犯行が前年の二月十六日だからおよそ一年と二ヶ月。それから三年後の九月三十日の判決公判にて死刑を言い渡される。けっきょく、嶽地は弁護士の説得も虚しく控訴はしなかった」
「……で、法の裁きが下ったんだね?」
その桜井の言葉に、茅野は神妙な表情で頷いた。
「そうね。二〇一九年の一月二十六日に嶽地は死刑に処され、この世を去った」
と、そこで、前方にコンビニの看板が見えてくる。
「あそこで被害者のお供え物を買っていこうよ。何か甘いお菓子」
その桜井の提案に、茅野は同意を示す。
「ええ。そうね。お盆だし仏菓にしましょう。たぶん、売ってると思うわ」
「いいねえ……おまんじゅう」
桜井が、じゅるりと生唾を飲み込む。
そんな訳で、二人は歩道から駐車場を横切り、コンビニの入り口へと向かった。
すると、ちょうど、三人の東南アジア系の男が何事かを話しながら店内から出てきたところだった。
男たちは、そのまま駐車場に停めてあったジープに乗り込んだ。
ジープはすぐに走り出し、駐車場から出ると右手の方へと走り去っていった。