【01】AWO
それは二〇一三年の十一月半ばの事だった。
あるダンジョンの最下層で、巨大な腕が馬鹿でかい鉄槌を振う。
それは、すべてを薙ぎ払う全体攻撃であった。
ダメージエフェクトが血飛沫のように飛散し、四桁の数字が表示される。
間髪入れず回復魔法。
純白の光と共に、消え去りそうだった味方のHPバーが再び長さを取り戻す。
すると前衛のキャラクターが各々のスキルを使って画面上部のうんざりする長さを誇るボス敵のHPバーを削りにかかる。
味方の攻撃エフェクトが飛び交い、敵の鉄槌が振るわれる。再び回復魔法。
その繰り返し……その繰り返し……その繰り返し……その繰り返し……。
そして、戦闘が始まってから一時間が経過した、そのときだった。
見あげるような大きさのボスモンスターが動きをやめる。小刻みに全身を震わせ、断末魔の雄叫びをあげ始めた。
そして、輝きに包まれたかと思うと細かいポリゴンの欠片となって四散した。
高らかに鳴り響くファンファーレ。
画面中央に特殊なウィンドが開き、以下のメッセージが表示される。
『【虎猫遊撃隊】が、【“南海の巨鬼”ガルガメル】を討伐しました!』
それを目にした桐場秋人は、ヘッドセットを脱いで両手を突きあげる。
「やったー!」
しかし、その言葉を聞く者はいない。
並んだ空のペットボトル、エナジー系飲料の空き缶、ぱんぱんにふくれたごみ袋の山……。
窓は閉めきられ、カーテンで覆われている。
薄暗い孤独な六畳間。
しかし、彼の瞳に、そんな現実は映っていなかった。
そこは異世界“アムネジア”
古代のロマン溢れる“オルカナンガ遺跡”の最下層。
目の前には、これまで苦楽を共にしてきた真の仲間たちが確かに存在していた。
そして、桐場自身も、絶賛人生終了中の引きこもりなどではなく、ここでは魔剣スキルで敵を討つ黒騎士アレスであった――
そこは城塞都市フール。
荒くれの冒険者が集う町。
既に頭上は宵に包まれ、沿道に並んだ魔法灯の明かりが煌々と石造りの街並みを照らしあげる。
行き交う人々の群れは途絶える事を知らず、馬に似た六本足の生物が籠車を牽いて、土埃を夜闇に舞いあげる。
そんな表通りより離れた路地裏の歓楽街では、様々な夜の音色が鳴り響いていた。
楽団の演奏と歓声。
激しい物音と喧嘩の怒声。
そして、秘めやかな愛の囁きと、婀娜な微笑み……。
そんな中で、冒険者たち御用達の酒場『酔いどれ火竜亭』の一階ホール中央にて。
たくさんの料理や酒が犇めく円卓に着いた五人こそ、あの悪名高き“南海の巨鬼”ガルガメルを討伐した虎猫遊撃隊であった。
それは、彼らの反省会という名の宴。
まず初めに話を切り出したのは、革鎧に身を包み、頭に派手なバンダナを巻いた男だった。
名前を b/headという。このパーティのリーダーだった。
斥候を担当しており、鍵罠解除などの探索スキルを専門にしている。
戦闘では素早さを活かした牽制や、アイテムでの回復、弓での後方支援を担当する。
「……じゃあ、そろそろさ、今年も年末の予定を立てようぜ」
「年末の予定って、何ですか?」
怪訝そうな様子で発言したのは、黒マント姿の魔族の少女であった。
名前を六月という。
クラスは呪術師で状態異常系魔法や暗黒魔法を中心としたトリッキーなスキルを駆使して戦う魔法使いである。
その彼女の質問に答えたのは、司祭冠に聖衣をまとった金髪のエルフであった。
「そっか。六月さんは知らないか……」
彼女の名前は、カエデという。パーティでは癒し手を担当している。
「あたしらのギルドは毎年、年末にオフ会やってるんだけど、今回の幹事は虎猫遊撃隊なんだ」
この世界においての“ギルド”とは、いくつかのパーティが集まったチームの事を指す。
因みに彼らのギルド『火吹き山連合』には、虎猫遊撃隊の他に、あと二つのパーティ所属している。
「オフ会ですか……」
と、浮かない様子の六月であった。
そんな彼女の心情を察してか、ドワーフ重戦士のセント・ジョージが取りなすように言った。
「あ、大丈夫。みんな、ちゃんとした社会人だし、いい人ばっかりだから楽しいよ」
「……でも、オフはちょっと」
なおも逡巡する六月であった。そこでb/headが何気ない調子で問う。
「もしかして、六月ちゃんって、オフとか初めて?」
「まあ……」
と、歯切れの悪い返事のあとだった。
「すいません。私、今日はそろそろ落ちますね」
「あ、ちょっ」
b/headの制止の言葉は間に合わない。六月は早々にログアウトしてしまった。
すると、カエデが呆れ顔で肩を竦める。
「リーダーとジョージが強引に誘うから」
「そこまで強引でもなかっただろ」
と、反駁するセント・ジョージ。
「でもさ、何とか六月ちゃんには来て欲しいよね。この『火吹き山連合』躍進の立役者なんだから」
このゲームでは月に一度の定期メンテナンス前に“領土戦”というギルド対抗のPVPイベントが行われる。
その結果によって、アイテムや賞金が手に入ったり上位入賞ギルドには、専用ダンジョンの探索権が与えられたりする。
この『火吹き山連合』は、ギルドの戦力としては下の上といった程度であった。
しかし、六月が入会し、彼女が作戦立案に携わるようになってからは、コンスタントによい結果を残せるようになっていた。
おまけに所属パーティの虎猫遊撃隊においても、戦術立案や的確な指示でパーティを支える司令塔であった。
あの“南海の巨鬼”ガルガメルも、六月の立案したスキルビルド、装備、作戦指示がなければ太刀打ちする事はできなかったであろう。
そんなキーパーソンと言ってもいいプレイヤーの素性に虎猫遊撃隊の面々は興味津々であった。
「……でもさ、最近、六月ちゃん、つき合い悪いよな。前はいつインしてもいたのに」
と、b/headはボヤいた。
すると、セント・ジョージが、
「勉強が忙しいんじゃね? 六月さん、かなり頭のいい学校の人でしょ?」
と、言った。
一応、彼らがこれまでのやり取りから六月に関して知り得ている情報は……。
“女性である”
“学生である”
この二つのみであった。
年齢も何となく大学生ぐらいと、全員が思い込んでいた。
「……彼氏でもできたんじゃないの?」
その、さらりと放たれたカエデの発言に、b/headは「いやいや、そんなバカな……」と、どこか焦った様子で言った。
そこで、これまで黙っていた黒騎士アレスが声をあげる。
「案外、彼女かもしれないぜ?」
「まっさかあ。あの子は絶対に女だってえ」
と、カエデが笑い飛ばす。
そして、黒騎士アレスに向かって訊いた。
「それはそうと、アレスさんは、今年のオフ、出れそう?」
「年末は多忙だから……また、無理だ」
「そう。予定決まったら教えて」
カエデは、そっけなく流した。
すると、そこでb/headが、話題の転換を図る。
「それより、次のメンテで何か更新あるかな?」
「ないでしょ。最近は新しいマップも更新されないし、レベルキャップもずっと120のまんまだし。まあ、あたしはまだレベル63だけど」
カエデが愚痴を吐く。するとセント・ジョージがそれに乗っかる。
「そういえば“モンスター捕獲機能”っていつ実装されるんだろうね? 二年くらい前から開発中とかなってるけど……」
「あはは。サービス終了まで実装されなかったりして」
b/headがプレイヤーの間で定番となったジョークを吐いた。
……この日も夜遅くまで『酔いどれ火竜亭』での宴は続いた。
「オフ会ねえ……」
画面を見つめながら、桜井梨沙は茅野に問う。
「それで、循は行ったの? そのオフ会」
茅野は画面を見つめたまま、首を横に振り、マウスをクリックした。
そこで、画面の中の六月が不気味な暗黒魔法を発動させた。
「いかなかったわ。ちょっと興味はあったけど面倒だし、いきなり小五の女の子がノコノコやってきたら、向こうも困るでしょ?」
「まあねえ」
六月の暗黒魔法により、巨大な機械の蟹のようなモンスターのHPバーが一気に半分近くに減る。
「それ以降、私は今日まで一度も、このゲームにインしてなかった……ただ」
画面の六月が機械の蟹を禍々しいデザインの杖で殴りつける。
「ただ?」
「ゲーム用に作ったSNSのアカウントに、オフ会の誘いのDMが来ていたわ」
「へえ」
機械の蟹が小刻みに震えて、ポリゴンの欠片となって四散する。
「確か、日付は12月26日。場所は大宮のみなしのビルディング三階のカラオケ『サフラン』」
※しばらくスケジュールの都合で更新は20:00となります。
また変更があり次第、お知らせいたします。