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【03】クリスタルパレス


 九尾天全の元に折り返し原田から電話があったのは、ホテルの食堂で夕食を終え、自室へと引きあげたあとだった。

 結局、色々と夕食については悩んだ末に普通のビーフカレーを注文した。

 折角だから、この地方のご当地グルメを堪能しようとしたが、色々とスマホで検索するうちに面倒になってしまったのだ。

 カレーの味は悪くなかったが、明らかに業務用のレトルトである。何となく損をしたような気分になり自室の扉口を跨いだ瞬間ポケットの中のスマホが震えた。

 シングルベッドの縁に腰をおろし、電話ボタンを押して受話口を耳に当てる。

『あー、九尾さん?』

「はい。九尾です」

『メールのご質問の件ですが、心当たりはないですね』

「そうですか……」

 と、九尾は落胆する。やはり、そうは上手くいかないか……と思い直した瞬間だった。

 九尾の脳裏にある閃きが訪れる。

「あの原田さん」

『何でしょう?』

「もしかして、オカシンは過去にクリスタルパレスに関連した仕事を受けた事はありませんでしたか?」

『……ちょっと、お待ちください』

 しばらく、カタカタとキーボードを叩く音が受話口の向こうから聞こえてくる。

 どうやら、原田は今オフィスにいるらしい。

『あ、九尾さん? クリスタルパレスは(おっしゃ)る通り、十年前にうちが改装を請け負っていますね』

 原田によれば、元々は四階建ての集合住宅であったらしい。

 しかし近くにあった電子部品の工場が潰れ、その際に入居者が潰えた。

 それから二束三文で当時のオーナーから人手に渡り、ラブホテルへと生まれ変わった……という経緯らしい。

『それで……ほら、七年前にちょっと事件がありまして』

「ああ……」

 ネットで見た無理心中事件の事だ。

『その事件があってから、お客さんが遠退いちゃったんでしょうね……』

 それで、事件から二年後――今から五年前に廃業して以来、打ち捨てられたままなのだとか。

 そこで九尾は考え込む。

 男が何者にしろ、なぜ自らの終の場所となったクリスタルパレスで地縛霊とならないで、その改装を行ったオカシンにつきまとうのか。

『……九尾さん? 九尾さん?』

 原田の呼び声で自分が思考に没頭していた事に気がつき、詫びる。

 そして原田に明日クリスタルパレスへ行ってみたいと告げると……。

『構いませんよ。確かあそこを管理しているところとは懇意(こんい)にしてますし、今から許可を取っておきます。明日の朝にお迎えにあがりますよ』

「よろしくお願いします」

 と、九尾は深々と頭をさげる。

 電話の向こうの相手にお辞儀をしてしまうのは昔からの癖だった。

 そのあと、ホテルのロビーで待ち合わせる時間を決めてから通話を終えた。

「今のところは順調」

 九尾は独り言ちてスマホを充電し、洗面道具を手に浴室へ向かう。脱衣場で服を脱ぎ始めた。

 気になるのは無理心中したカップルの霊の存在だ。十中八九その手合いは地縛霊となっている事だろう。

「まあ余程、強い霊じゃなきゃ、大丈夫でしょ」

 全裸になった九尾は、そうポジティブに考えてシャワーの蛇口を捻った。

 熱い湯が降りそそぎダークブロンドの髪の毛が瞬く間に濡れそぼる。

 そのとき、ふと彼女の師匠にあたる人物の言葉を思い出す。


 ……お前は、才能はあるがツメが甘い。


 現に先月の終わり頃に請け負った仕事では、依頼者のユーチューバーを目の前で死なせてしまった。

 原因は彼女の見込みが甘く、前の案件が予想以上に長引いてしまったせいだった。

「大丈夫……」

 九尾は正面の鏡に映った自分と目を合わせ、静かにそう呟いた。

 すると背後にある半透明の引き戸の向こうに、いつの間にかあの不気味な男が立っていた。

 九尾が咄嗟(とっさ)に振り向くと、男は半透明の樹脂パネルの向こうでニヤリと笑って姿を消した。




 次の日の朝、九尾は目覚めると身支度を済ませてホテルの一階の食堂へと降りた。

 すると……。

「良いかしら、梨沙さん。普通のホテルとラブホテルの違いって何か解るかしら?」

「え? 男の人と女の人がえっちするかしないかでしょ?」

「違うわ。別に普通のホテルだって、そういう事をしようと思えばできるわよ」

「まあ、それはそうだろうね」

「答えは、食堂とロビーがあるかないかよ。あとは自動精算機や料金表示のあるなしなど、細かい条件は色々あるわ」

「ふうん」

「ここに国際的な観光ホテルとして政府の認可を受けるのには、更に厳しい条件が必要になってくる。その中でも面白いのが洋食の朝ごはんを提供できるか否かというものね」

「洋食? 国際的な観光ホテルなら、そこは和食なんじゃないの? 外国人に日本をアピールするんだからさあ」

「梨沙さん、中々鋭い突っ込みよ」

「それは、どうも」

「これには、この国際観光ホテル整備法が制定された年の時代背景が大きく関わってくるのだけれど……」

 ……などと、昨日の美少女たちが、なぜかホテルの話をしていた。

 九尾は彼女たちから少し離れた位置に座り、Aセットのベーコンエッグとバターロールを注文する。

 手早く食事を済ませ、一階のロビーに向かうと既に原田が待っていた。

 挨拶を交わして、駐車場へ向かう。

 ちょうど、そのとき、例の美少女たちも、相変わらず何だかよく解らない話をしながらホテルから、どこぞへと出かけて行った。

 九尾は原田の運転する軽自動車の助手席に乗り込む。

 一路クリスタルパレスへと向かった。 




 四メートル近くはありそうな塀には、アーチ状の門がついていた。

 そのアーチには“HOTELクリスタルパレス”とあったが“H”と“E”の文字が抜け落ちていた。

 門扉は南京錠のかかった太い鎖で繋がれており、固く閉ざされている。

 門の右側には信号機のような空き部屋の有無を表すランプがついていた。

「ちょっと、待っててくださいね」

 原田が門前で停車すると、車を降りて扉の施錠を解いた。

 二枚の門扉を押し開く。

 どうやら、三ヶ月前の遺体発見から厳重に施錠がなされるようになったらしい。管理者から鍵を借りてきてくれたようだ。

 開錠が終わると原田は運転席に戻り、再びハンドルを手に取る。そのまま軽自動車を動かして門を潜り抜ける。建物の横を通り裏手の駐車場へと向かった。

 玄関は門から見ると建物の裏手にあった。

 両開きの扉は絢爛な装飾がなされていた。まるでファンタジーの城門のようだ。

 エントランスの柱や壁にはスプレーでおびただしい落書きがされていた。

 この手のホテルによくありがちな一階が駐車場とフロントのみで客室は二階からといったタイプではなく、一階にも客室があるようだ。

 原田はトランクから懐中電灯を二つ取り出す。その一つを九尾に手渡す。

「では、行きましょうか……」

 その原田の言葉に九尾が頷く。

 二人はクリスタルパレスへと足を踏み入れた。

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