【06】ディスり大会
声を圧し殺して啜り泣く菅野。
桜井はその姿をスマホで撮影する。
そのシャッター音を聞いて、菅野は「は……?」と顔をあげる。
「ああ。これは新手の心霊検査だよ……」
と、あながち嘘でもない事を言って、桜井は九尾天全に撮影した画像を送りつけた。
すぐに返信はこなかった。
どうやら、珍しく忙しいらしい。
数々の心霊スポットを踏破してきた二人であったが、その実は霊能力も何もない普通の女子高生である。
これ以上、菅野に対してできる事はない。
桜井と茅野は、その湖畔にある廃屋の場所を教えてもらう。それから、不安がる菅野の言葉を「まだ、何とも言えない」の一点張りで突っぱね、二人は彼の家をあとにした。
その帰り道の事であった。
黄昏と宵闇が斑模様を描く空の下、桜井と茅野は住宅街の路地を自転車で駆ける。
菅野邸から少し離れた場所にあったコンビニで飲み物を購入すると、追突防止柵に腰をおろして一息吐く事にした。
「それで……」と、桜井が冷えたほうじ茶のペットボトルのキャップを捻った。
そして、話を切り出す。
「循は、菅野くんの話、どう思う?」
茅野はその質問に即答する。
「十中八九、事実ではないわね。意図的な嘘なのか、妄想なのか……後者なら心療内科へ行くことをおすすめしたいわ」
そう言い終わってからストローをくわえ、アイス珈琲を、ずずず……と、啜る。
「そもそも、あの“禁后”という話が創作だもの」
「そなんだ」
桜井もほうじ茶を、ごきゅごきゅ……と、らっぱ飲みする。
「あの話は、色々と雑なのよね。細部が詰めきれていないというか……」
「そもそもさぁ、あの話に出てきた玄関のない家って、何のために建てられたの?」
その桜井の疑問に、茅野は駐車場の向こうの通りを流れる車の列に目線をやりながら苦笑する。
「それを説明すると長くなるのだけれど……」
と、前置きをして語り始める――。
鏡台を使った儀式を代々執り行う母系一族の事。
その儀式はあまりの異常さから時代を追う毎に行われなくなり、廃れていった事。
そして、中途半端な知識で儀式を行ったため、ある一家が全滅してしまった事……。
「……玄関のない家は、その全滅した一家の母と娘を供養するために建てられたものらしいわ」
「くよう……?」
眉間にしわを寄せ、頭の回りにハテナマークを飛び交わせる桜井であった。
「まあ霊廟みたいなものかしらね……玄関がない理由は人が出入りする家ではないから……らしいけど」
「じゃあ、ガラス戸とか、窓とかもつけなくてよくない?」
「それは、素晴らしくもっともな突っ込みよ、梨沙さん」
「それは、どうも」
「一応、窓やガラス戸をつけたのは“供養の気持ちから”という説明がされてるわね。何の説明にもなってないのだけれど……」
「は? くようのきもち……? なんで?」
「そこは、私にもよく解らないけれど……」
「は?」
桜井の顔色は混迷を深めた。
「じゃあ、窓とかに鉄格子でもつけろよ……中は危ないんだからさあ」
なぜか、少しキレ気味である。
「まったくね。少なくとも、玄関が“出入りする必要がないから”という理由で不必要なら窓も必要ないし、台所やトイレ、風呂場もいらないわね」
「……ていうか、わざわざ家という形にこだわる理由がさっぱり解らない」
桜井が盛大に呆れた様子で突っ込む。そこで茅野は右手の人差し指を立てて更なる問題点を指摘する。
「だいたい、この家は玄関がない事以外にも構造がおかしいのよ。にも関わらず、語り部たちはそこに疑問を抱いた様子が見られない。スルーしているのよ」
「たとえば?」
「語り部は“二階建ての家だが、窓まで登れそうになかったので、中に入るには一階のガラス戸を割って入るしかなかった”と作中で述べているわ。つまり、これを素直に受けとれば、一階には語り部たちが侵入した掃き出し窓以外の窓が一切なかったという事になるわ。それから、あとの描写を読む限りだと、この家の一階には居間と台所とトイレと風呂場しかないの」
「それは、描写を省いた……とか、そういう事じゃなくて?」
桜井のその問いに茅野は首を横に振る。
「違うわね。書き漏らしの可能性もあるけれど、作中の描写をそのまま信用するならば、この四部屋しかない」
「ワンルームマンションかよ……」
「D妹が消えたときも、語り部たちは、ろくに一階を探そうともせずに、二階へ向かった事からも、そうである可能性が高いわ」
「そこまで変な構造なら、家の形にますますこだわる理由がないじゃん。もう家じゃないじゃん」
「家の形にしていなかったら、子供たちも勝手に入ろうだなんて思わなかったかもしれないわね」
その茅野の言葉に、桜井は大きく頷いて唇を尖らせる。
「……ていうかさあ、あたしが一番腹が立つのは、子供に説明すればいいじゃん。お墓だから入っちゃいけないって。危険な場所だって。言っても聞かない子はいるだろうけど、反対に言う事を聞く子だっているだろうし、絶対に言うべきだと思うけどなあ……」
「そこなのよね。何の説明もせず、侵入者の対策もせず、入ったら入ったでキレるとか、その語り部の住む町の大人たちは質の悪い詐欺師みたい」
茅野の辛辣な評価のあと、桜井が頭を抱えて渋い表情で叫ぶ。
「あああ……何かこの話を聞いていると、勝手にSAN値が削れるよ……」
その感想に茅野は同意して頷く。
「……でしょう? 話の内容はただひたすら意味不明で、怖いか怖くないかでいったら怖くないのだけれど、しいて言うならこの話の存在自体が怖い……それが“禁后”の恐ろしさよ」
「もしもさ、そんな玄関のない家が本当にあったのだとしたら、それを建てた人って、かなり頭のやべーやつだよ」
「そうね。馬鹿かアホか狂人のいずれか……もしくは、そのすべてね。そして、そんな頭の中がパンドラみたいな人間が現実に存在する訳がない」
「これは、作り話にしてもできが悪いよね……志熊さんの小説の方が面白かった」
「私もそう思うわ。たとえ実際にあった出来事を元にしたのだとしても、事実とはまったく違う話になっている事でしょうね」
と、茅野は吐き捨て、アイス珈琲を飲み干した。
「そもそも、榛鶴に“禁后”にまつわる家があるだなんて聞いた事がない。福井県の越前町に玄関のない家があるっていう噂はあるけれど、あれも嘘だろうし」
そこで桜井は「あ……そういえばさあ」と、声をあげて思い出す。
「この文字化けは……?」
桜井はスマホに指を這わせ、昨夜のログを画面に表示させる。
「今のところ、それしかおかしな事は起こっていないわね」
「じゃあ、菅野くんの友だちが消えたっていうのも嘘?」
そこで茅野は鼻を鳴らす。
「そもそも、あの消えた彼の友だちは……」
と、言いかけたところで、二人のスマホが同時に鳴った。メッセージアプリの着信音である。
桜井と茅野は各々のスマホを手に取り、画面に目線を落とす。
送信者は、現代の九尾天全であった。
文面は以下の通り……。
『早く鏡を見つけないと、この写真の男の子は死んでしまう』